第2380話 2021/02/14

『古田史学会報』162号の紹介

『古田史学会報』162号が発行されましたので紹介します。今号も力作好論ぞろいです。
一面を飾った正木稿は、多利思北孤とその前代の高良玉垂命との関係を論じたもので、古田説では別系統の九州年号とされている「始哭」は年号ではなく、高良玉垂命崩御の葬礼行事のこととされました。
西村稿では、「古田史学の会」研究者間で論争となっている「天皇」称号について、九州王朝の時代は九州王朝の天子の別称とする古田新説の根拠として、当時の唐の用例(「皇帝」よりも「天皇」が上位)を新たに指摘されました。
他方、日野稿では、「船王後墓誌」などの金石文を根拠として、六世紀から七世紀初頭の大和政権での天皇号採用を支持され、その勢力範囲について論じられました。日野さんは通説の先行研究や新説にも目配りされており、大学で国史を専攻された実力を感じさせる論稿でした。
藤井稿は会報前号に掲載された野田稿を批判されたもので、今後の真摯な論議検証が期待されます。
大原稿は古代の事件と火山噴火の関係についての諸説を紹介されたもので、九州王朝史研究への応用の可能性を示唆されました。
わたしの論稿では、近年発見が続いている弥生時代の硯に文字が記されていたとする久住猛雄さんの研究を紹介しました。

162号に掲載された論稿は次の通りです。投稿される方は字数制限(400字詰め原稿用紙15枚程度)に配慮され、テーマを絞り込んだ簡潔な原稿とされるようお願いします。

【『古田史学会報』162号の内容】
○「高良玉垂大菩薩」から「菩薩天子多利思北孤」へ 川西市 正木 裕
○野田氏の「女王国論」について 神戸市 藤井謙介
○大噴火と天岩戸神話と埴輪祭祀 京都府大山崎町 大原重雄
○六世紀から七世紀初頭の大和政権 「船王後墓誌」銘文の一解釈 たつの市 日野智貴
○田和山遺跡出土「文字」板石硯の画期 京都市 古賀達也
○「天皇」「皇子」称号について 高松市 西村秀己
○「壹」から始める古田史学・二十八
多利思北孤の時代Ⅴ ―多元史観で見直す「捕鳥部萬討伐譚」― 古田史学の会・事務局長 正木 裕
○『古田史学会報』原稿募集
○史跡めぐりハイキング 古田史学の会・関西
○古田史学の会・関西例会のご案内
○各種講演会のお知らせ
○割付担当の穴埋めヨタ話 「春秋」とは何か? 西村秀己

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