『古事記』序文の駢儷体各種
『古事記』序文には四六駢儷体(しろくべんれいたい)の他にも字数が異なる各種の駢儷体(対句表現)が見えます。前話で挙げた下記の四六駢儷体と同様の四字・六字からなる対句文を紹介します。
❶ 番仁岐命 初降于高千嶺
❷ 神倭天皇 經歷于秋津嶋
❸ 化熊出川 天劒獲於高倉
❹ 生尾遮徑 大烏導於吉野
これは序文冒頭付近に見える四六駢儷体で、「出入」と「浮沈」、「洗目(目を洗う)」と「滌身(身を滌[すす]ぐ)」の動詞表現が対句になっています。
❺ 出入幽顯 日月彰於洗目
❻ 浮沈海水 神祇呈於滌身
下記は四字と五字の駢儷体です。「定境開邦(境を定め邦を開く)」と「正姓撰氏(姓を正し氏を撰ぶ)」、地名の「近淡海」と「遠飛鳥」が対句です。地名中の「近」と「遠」は、文字も反対語の対句としており、見事です。
❼ 定境開邦 制于近淡海
❽ 正姓撰氏 勒于遠飛鳥
次も四字と五字です。「天時」と「人事」、「蝉蛻」と「虎步」、「於南山」と「東於國」が対句で、天と人・蝉と虎・南と東、それぞれが見事な対比をなしています。これは壬申の乱の様子を表現していますが、わたしはこの対句などを根拠として、「『古事記』序文の壬申大乱」(『古代に真実を求めて』第九集。明石書店、2006)を書きました。
❾ 天時未臻 蝉蛻於南山
❿ 人事共給 虎步於東國
下記はちょっと異なった対句表現で、四字・七字・五字・六字がそれぞれ二回ずつ繰り返すというものです。「后」「王」、「六合」「八荒」、「二氣之正」「五行之序」、「奬俗」「弘國」などが対句中に用いられています。こうした表現も駢儷体の範疇に入れてよいのかは知りませんが、太安萬侶の才気が為した技ではないでしょうか。
⓫ 道軼軒后 德跨周王
⓬ 握乾符而摠六合 得天統而包八荒
⓭ 乘二氣之正 齊五行之序
⓮ 設神理以奬俗 敷英風以弘國
下記は序文冒頭に見える四字と七字の駢儷体です。「乾坤初分」と「陰陽斯開」、「參神作造化之首」と「二靈爲群品之祖」が対句ですが、それぞれが天地開闢や国生み神話の故事を表しています。たとえば「參神」は天御中主神・高御産巣日神・神産巣日神を、「二靈」は伊邪那岐命・伊邪那美命を表しています。神話や神名をこうした短文の駢儷体で表現するのですから、本文を熟知していた安萬侶ならではの構文ではないでしょうか。
⓯ 乾坤初分 參神作造化之首
⓰ 陰陽斯開 二靈爲群品之祖
最後に紹介するのが四字と十一字の対句ですが、十一字ほどの長文ですと、はたして駢儷体と言ってよいのか不安です。「得一」と「通三」、「御紫宸(紫宸に御す)」と「坐玄扈(玄扈に坐す)」、「馬蹄之所極(馬の蹄の極まる所)」と「船頭之所逮(船の頭の逮[およ]ぶ所)」などが対句表現です。このような例を見ると、安萬侶の字数と対句への強いこだわりを感じます。
⓱ 得一光宅 通三亭育
⓲ 御紫宸而德被馬蹄之所極 坐玄扈而化照船頭之所逮
この他にも序文には駢儷体や対句表現が随所に見られますが、『古事記』本文の説話の知識と漢文の素養がなければ、序文の持つ面白さは半減します。わたしのような漢文・古典の教養が不十分な理系の人間には辛いところです。(つづく)
【写真】太安萬侶墓誌。太安萬侶御神像(田原本町・多神社蔵)。