秋田孝季の父、橘左近の痕跡調査(3)
『東日流外三郡誌』を編纂した秋田孝季の実在証明に取り組まれたのが太田斉二郎さん(古田史学の会・会員、当時副代表)でした。『東日流外三群誌』の末尾には「秋田土崎住 秋田孝季」と記されている例が多く、孝季が秋田土崎(今の秋田市土崎)で『東日流外三群誌』を著述したことがわかっていました。そのことに着目した秋田県出身の太田さんは、現地調査により秋田市土崎に橘姓が多いことを発見されたのです。秋田県や秋田市には全国的に見れば、橘姓はそれほど多く分布していません。むしろ少ないと言った方がよいかもしれません。ところが、秋田市内の橘姓の七割が土崎に集中していたのです(注①)。
和田家文書によれば、秋田孝季のもともとの名前は橘次郎孝季(注②)だったのですが、孝季の母親が秋田家三春藩主に「後妻」として入ったことにより秋田孝季と名乗るようになったとされています。ですから、孝季の実家の橘家があった秋田土崎で『東日流外三群誌』を初めとした膨大な和田家文書の執筆に孝季は専念できたのです。
また、秋田土崎には孝季の支援者もいたようで、藤本光幸さんの解説文(注③)には、孝季は「秋田土崎湊の由利家で浪人していた」とあり、現代の「由利」姓の分布について調べたところ、秋田県が最も多いことがわかりました(注④)。次の通りです。
【由利】姓 人口 約3,700人 順位 3,411位
〔都道府県順位〕
1 秋田県 (約900人)
2 北海道 (約500人)
3 東京都 (約300人)
4 京都府 (約200人)
5 宮城県 (約200人)
〔市区町村順位〕
1 秋田県 湯沢市 (約600人)
2 宮城県 大崎市 (約120人)
3 秋田県 横手市 (約100人)
4 兵庫県 豊岡市 (約90人)
5 京都府 京丹後市 (約90人)
以上のように、秋田市土崎地区の「橘」さん、秋田県の「由利」さんの濃密分布は秋田孝季実在の傍証であり、和田家文書と両苗字分布の一致は偽作説の成立を困難としています。
この秋田市土崎の「橘」さんを調査し、家系図やお寺の過去帳などに秋田孝季やその父親の橘左近の名前が記されていないかを調べたいと願っていたのですが、秋田県在住の青年Tさんに協力して頂けることになりました。長崎出島と秋田土崎での「橘左近」調査に期待しています。(おわり)
(注)
①太田斉二郎「孝季眩映〈古代橘姓の巻〉」『古田史学会報』24号、1998年。
古賀達也「洛中洛外日記」392話(2012/03/05)〝秋田土崎の橘氏〟
②「橘」は本姓、「次郎」は通称。苗字は不詳だが、和田家文書では孝季親子の苗字を意図的に伏せた可能性を考えるべきとする日野智貴氏(古田史学の会・会員、たつの市)の指摘がある。
③藤本光幸「『和田家文書』について」『和田家資料1 奥州風土記 陸奥史風土記 丑寅日本記全 丑寅日本史総解 丑寅日本雑記全』北方新社、1992年。
④「日本姓氏語源辞典」 https://name-power.net/