プラトン『国家』の学齢
プラトンが著したソクラテス対話篇『国家』第七巻に(注①)、国家の教育制度と教育年齢についてソクラテスが語っている部分があります。その要旨は次の通りです。
十八歳~二十歳 体育訓練
二十歳~三十歳 諸科学の総観
三十歳~三十五歳 問答法初歩
三十五歳~五十歳 実務
五十歳~ 〈善〉の認識に対する問答法
これらの修学年齢も一倍年齢とすれば遅すぎます。国家の治者を教育するプログラムとしても、三五歳まで教育した後、ようやく実務に就くようでは教育期間としては長すぎますし、体育訓練が十八~二十歳というのも人間の成長を考えた場合、これではやはり遅過ぎます。ところが、これらを二倍年齢と理解すれば、一倍年齢換算で次のような就学年齢となり、リーズナブルな教育プログラムとなります。
九歳~十歳 体育訓練
十歳~十五歳 諸科学の総観
十五歳~十七・五歳 問答法初歩
十七・五歳~二十五歳 実務
二十五歳~ 〈善〉の認識に対する問答法
これまで紹介した『礼記』や『論語』の年齢記述と比較しても矛盾の無い内容です。更に『国家』第十巻には人間の一生を百年と見なしている記述があり、これも二倍年齢表記と考えざるを得ません。
「それぞれの者は、かつて誰かにどれほどの不正をはたらいたか、どれだけの数の人たちに悪事をおこなったかに応じて、それらすべての罪業のために順次罰を受けたのであるが、その刑罰の執行は、それぞれの罪について一〇度くりかえしておこなわれる。すなわち、人間の一生を一〇〇年と見なしたうえで、その一〇〇年間にわたる罰の執行を一〇度くりかえすわけであるが、これは、各人がその犯した罪の一〇倍分の償いをするためである。」プラトン『国家』第十巻(注②)
この百年という人間の一生も『礼記』などに記された二倍年齢表記の百歳という高齢寿命とよく対応しており、この時代、洋の東西を問わず、人間の最高寿命が百歳程度(一倍年齢の五十歳)と認識されていたことがわかります。すなわち、ソクラテスやプラトンら古代ギリシアの哲学者たちは二倍年暦(二倍年齢)の世界に生きていたのです。(つづく)
(注)
①田中美知太郎編『プラトン』(中央公論社、一九七八年刊)の解説による。
②同①。