第2830話 2022/09/08

中国での「夏商周断代工程」批判

 中国の国家プロジェクト「夏商周断代工程」(2000年発表・承認)には、中国の研究者からも厳しい批判論文が発表されました。張富祥氏による「『夏商周断代工程』の間違い」(注①)という論文で、次のような書き出しで始まります。

〝暫定的に公表された「1996年から2000年までの夏商周断代工程の成果に関する報告書(簡易版)」(以下、「報告書」という)は、わが国の「5000年」の歴史の複合体を暗示しているように思われる。どう見ても不人気である。純粋に学術的な観点からは、大げさで不完全な特定の日付と数字の組み合わせはそれほど重要ではないかもしれません。おそらく、それらの背後にある一連の概念と意図こそ、学界による反省と思慮に値するものです。〟

 中国語(簡体字)の論文なので、わたしは上手に訳せませんが、主な批判点はつぎのようなことでした。結論部分をかなり要約して転載します。

〝一、研究アプローチの見直し
 古代年代学研究の難しさはよく知られていますが、「史料」がないわけではありません。現時点で実現可能なアプローチは、既存の古代文献「史料」に基づいている必要があり、既存年表をほとんどの学者が受け入れられるレベルにまで調整するよう努める必要があります。
 正直なところ、プロジェクト(夏商周断代工程)は急いで実行されており、既存の「史料」は体系的に注意深く研究されてはいません。「報告書」に反映されている研究アプローチはほとんどすべての既存史料を解体し、さまざまな古典または引用された文書と不適切な比較を行い、自分たちが「最良の選択肢」と考える年代を採用しています。〟

〝二、汎科学的議論の考察
 偏った研究アプローチに関連して、プロジェクトによって提唱された学際的なアプローチも汎科学的になりがちです。プロジェクトの年代学研究の基本原則は、文字史料が考古学的結果、科学技術的な年代測定、および碑文と矛盾する場合、前者よりも後者を信じるべきとすることです。この原則は特定の歴史年代を決定するという点では、文献史学と比較して利点がありません。プロジェクトにおける学際的な手法の適用には、長所と短所があると言うべきで、多くの間違いと教訓を反省する必要があります。〟

〝古代史の年代を考古学で検証するには、まず適用範囲の問題があります。調査の対象が数万年または数十万年前の遺物である場合、試験資料は比較的適用可能な年代順のデータを提供でき、誤差は数百年または数千年に拡大されても依然として有効です。
 しかし、それが文字の時代(歴史時代)に限定され、時系列の詳細に至る場合、試験方法は限界を示します。プロジェクトでは炭素年代測定値は±20年程度の精度が求められています。現在の技術水準を考えると実現不可能な精度です。たとえ試験が正確であっても、考古学的な層序区分や発掘された遺物が実際の年代を決定するための直接的な根拠になり得ないことは誰もが知っています。〟

〝プロジェクトにおける学際的なアプローチの使用は、大部分がとてつもないものであり、得られた結果も欧米人がよく使う比喩で言えば、プロジェクトが設定した時代に剣がかかっているとも言え、ちょっとした疑問があれば、剣が落ちて時代を殺してしまうかもしれません。科学研究の基礎は実験と帰納であり、社会科学に科学技術的手段を一概に適用することはできず、また科学自体にも欠点があり、汎科学的理解は決して科学を尊重するものではありません。〟

 わたしの拙い訳でわかりにくいと思いますが(注②)、張氏は「夏商周断代工程」が文献よりも考古学・炭素年代測定などの結果を優先していることを批判し、周王の王年のような詳細な年代を求めるには文献に依らなければならないと主張しています。具体的には『竹書紀年』『魯国年代記』などを重視し、周王の即位年を推定しています。
 わたしの見るところ、張氏の「夏商周断代工程」に対する批判は的を射ていると思うのですが、結局、張氏にも二倍年暦の概念がないため、周王の年代や在位年数の復元には成功していないと言わざるを得ません(注③)。しかし、国家プロジェクト「夏商周断代工程」に対する氏の厳しい批判精神に触れ、勇気ある研究者だと思いました。

(注)
①張富祥(Zhang Fuxiang)「『夏商周断代工程』の間違い」、『捜狐』デジタル版、2019年4月1日。
https://www.sohu.com/a/305083439_523187
②たとえば「汎科学的」に対応する適切な日本語訳を思いつかなかった。不適切な訳があるかもしれず、中国語に堪能な方の助言をいただければ幸いである。
③張氏の説によれば、周の建国年次を前1027年(『竹書紀年』に基づく)であり、「夏商周断代工程」の結果(前1046年)と大きくは変わらない。

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