第2863話 2022/10/26

干支が一年ずれた九州年号史料

 「洛中洛外日記」2862話(2022/10/22)〝『日本霊異記』に「朱鳥日本紀(記)」の痕跡〟で紹介した干支が一年ずれた九州年号史料ですが、『万葉集』左注の「朱鳥」も茨城県岩井市出土(冨山家蔵)「大化五子年」(699年)土器(注①)も、ずれている方向が同じで、いずれも当該年号の翌年の干支になっています。具体的には次の通りです。

〔『万葉集』左注の「朱鳥」年号〕(注②)
○歌番号34
 日本紀曰、朱鳥四年(689)庚寅(690)秋九月、天皇幸紀伊国也。

○歌番号195
 右、或本曰、葬河島皇子越智野之時、献泊瀬部天皇皇女歌也。日本紀曰、朱鳥五年(690)辛卯(691)秋九月己巳朔丁丑、浄大参皇子川島薨。

○歌番号44
 右、日本紀曰、朱鳥六年(691)壬辰(692)春三月丙寅朔戊辰、以浄広肆広瀬王等為留守官。於是中納言三輪朝臣高市麿脱其冠掲上於朝、重諌曰、農作之前車駕未可以動。辛未、天皇不従諌、遂幸伊勢。五月乙丑朔庚午、御阿胡行宮。

○歌番号50
 右、日本紀曰、朱鳥七年(692)癸巳(693)秋八月、幸藤原宮地。八年(693)甲午(694)春正月、幸藤原宮。冬十二月庚戌朔乙卯、遷居藤原宮。

 686年 朱鳥元年 丙戌 (天武15年)
 687年 朱鳥二年 丁亥 (持統1年)
 688年 朱鳥三年 戊子 (持統2年)
 689年 朱鳥四年 己丑 (持統3年)
 690年 朱鳥五年 庚寅 (持統4年)
 691年 朱鳥六年 辛卯 (持統5年)
 692年 朱鳥七年 壬辰 (持統6年)
 693年 朱鳥八年 癸巳 (持統7年)
 694年 朱鳥九年 甲午 (持統8年)

〔「大化五子年」(699年)土器〕
 699年 大化五年 己亥 (文武3年)
 700年 大化六年 庚子 (文武4年)

 これまでわたしは『万葉集』左注に見える「朱鳥」の干支が一年遅れていることについて、同編者が『日本書紀』天武末年(686年)に見える朱鳥改元を持統天皇の元年へとイデオロギーに基づいて操作したのではないかと考えてきました。すなわち、天武崩御後の持統元年(687年)を「朱鳥」改元年とすることにより、持統天皇の年号にふさわしい位置に九州年号「朱鳥」を移動させたと理解してきました。
 他方、「大化五子年」(699年)土器の場合は、当地(関東)では干支が一年ずれた暦法が採用されていたためとしてきました(注③)。しかし、両者のずれの方向が一致していることを重視すれば、『万葉集』左注の「朱鳥」も、干支が一年ずれた暦法で編纂された「朱鳥日本紀」が存在しており、それに依っていたとする可能性も考慮しなければならないのではないかと考えるようになりました。

(注)
①茨城県岩井市出土(冨山家蔵)。
②『万葉集 一』日本古典文学大系、岩波書店。
③古賀達也「二つの試金石 九州年号金石文の再検討」『「九州年号」の研究』古田史学の会編・ミネルヴァ書房、2012年。

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