第2944話 2023/02/14

『甲斐叢記』のなかの九州年号「朱鳥」

山梨県笛吹市一宮町塩田の醫王山楽音寺(がくおんじ)の創建年代を九州年号の告貴元年(594年)に相当する推古二年創建とする史料調査のため、江戸期成立の地誌『甲斐国志』『甲斐名勝志』(注①)などを閲覧したことを「洛中洛外日記」で紹介してきました(注②)。その調査をしていて感じたことですが、たとえば戦国期成立の『勝山記』(注③)は九州年号が記された年代記なのですが、現時点までの調査では、甲斐国の他の地誌には九州年号がほとんど見えません。管見では、次の史料に朱鳥(686~694年)年号をようやく見つけました。

「熊野権現 北八代村 社領三十七石余 祭神三座 伊弉冊尊 事觧男 速玉男なり 社記曰 朱鳥年中 紀州より遷し奉りぬ 別當ハ熊野山千手院(後略)」『甲斐叢記』巻之三「熊野権現」(注④)

朱鳥年号は『日本書紀』に元年(天武紀の末年、686年)のみの年号として使用されており、この『甲斐叢記』編者は朱鳥を九州年号と認識していたとは思われません。当地で成立した『勝山記』が九州年号による年代記であることを考えると、当地の識者が九州年号の存在を知らないはずはなく、恐らく江戸期成立の地誌編纂において、意図的に九州年号を排除したのではないでしょうか。朱鳥については『日本書紀』に近畿天皇家の年号として記載されているため、『甲斐叢記』「熊野権現」では「社記曰 朱鳥年中 紀州より遷し奉りぬ」と、同神社「社記」の「朱鳥」記事を転載したと思われます。(つづく)

(注)
①『甲斐国志』松平定能編、文化十一年(1814年)。
『甲斐名勝志』萩原元克編、天明三年(1783年)。
②古賀達也「洛中洛外日記」2940~2943話(2023/02/10~13)〝甲斐の国府寺(医王山楽音寺)か (1)~(4)〟
③『勝山記』戦国期成立。甲斐國勝山冨士御室浅間神社の古記録で、九州年号「師安」元年(564年)~永禄六年(1563年)の記録。
④『甲斐叢記』大森善庵・快庵編、嘉永四年(1851年)~明治二六年(1893年)。

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