第3523話 2025/08/28

多賀神社(宮城県名取市)の日本武尊伝承

 「洛中洛外日記」3522話〝宮城県の日本武尊伝承を持つ神社〟で紹介した神社伝承のなかで最も注目したのが名取市高柳下西に鎮座する多賀神社です。同神社の創建は景行天皇二八年(98)に日本武尊(景行天皇の皇子)が東征の際に勧請したと伝えられています。

 伝承によれば、日本武尊は東国遠征での連戦により当地で重病となり、そこで柳の樹で祭壇を設けて病気平癒を祈願すると完治したとされています。その後、この故事から棚柳と呼ばれるようになり、霊地には祠が設けられて信仰の対象になったとのことです。

 また、仙台藩の『奥羽観蹟聞老志』(注①)には、雄略二年(458)に初めて祭禮で圭田(注②)五八束を寄進されたとあり、同神社が『延喜式』神名帳に記された式内社の多加神社とされてきました。わたしが注目したのは、この雄略二年(458)の圭田寄進という伝承です。景行天皇二八年(98)に創建されたとする伝承の年代は信頼できませんが、雄略二年(458)であれば、『宋書』倭国伝に記された九州王朝(倭国)の東方侵略〝東征毛人五十五國〟の時期とほぼ対応するからです(注③)。

 「風土記ニ曰ク。多賀ノ神社、圭田五十八束、二字田。所祭、伊弉諾尊也。雄畧二年、始奉圭田ヲ行フ神禮式祭。
神名、秘書ノ説載ス之宮城郡多賀ノ下ニ。」『奥羽観蹟聞老志』巻五 「国書データベース」による。句読点は古賀が付した。
https://kokusho.nijl.ac.jp/biblio/100350427/1?ln=ja

 このように「雄略二年」という具体的な年次で伝承されているケースは、何らかの根拠(史料)に基づいている可能性が高いだけに貴重です。(つづく)

(注)
①『奥羽観蹟聞老志』は、仙台藩の史官佐久間洞巌が仙台藩主伊達綱村の命により、奥州の歴史・地名・産物などを主に纏めた地誌。享保四年(1719)の序がある。原本は宮城県立図書館が所蔵し、宮城県指定文化財に登録されている。
②けいでん【圭田】:「圭」は潔(きよ)いの意。 昔、その収穫を祭祀用にあてるために設けた田地。神田(しんでん)。
③『宋書』倭国伝によれば、「雄略二年(458)」は倭王済か興の時代にあたる。

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