第2702話 2022/03/18

柿本人麻呂系図の紹介 (4)

 『柿本家系図』に人麿の實子と記された柿本男玉は東大寺建立に関わった人物ですが、東大寺二月堂の過去帳(注①)の他、『続日本紀』にも「柿本小玉」の名が遺されています。次の記事です。

 「正六位上柿本小玉、従六位上高市連真麻呂に並に外従五位下を授く。」天平勝宝元年(749)十二月条

 「また、大納言藤原朝臣仲麻呂を遣して、東大寺に就(ゆ)きて、従五位上市原王に正五位下を授く。従五位下佐伯宿禰今毛人に正五位上。従五位下高市連大国に正五位下。外従五位下柿本小玉・高市連真麻呂に並に外従五位上。」天平勝宝二年(750)十二月条

 天平勝宝二年(750)十二月の柿本小玉ら叙位記事に対して、岩波の『続日本紀 三』(注②)の脚注11(108頁)には「大仏鋳造の巧による叙位」とあり、柿本小玉が『柿本家系図』や『東大寺上院修中過去帳』に見える柿本男玉と同一人物として問題ありません。しかし、「男玉」と「小玉」とでは用字が異なりますので、『柿本家系図』は『続日本紀』以外の別系統の史料に依ったものと思われます。また、叙位記事に見える三名のうち、柿本小玉だけが姓(かばね)を持っていません(無姓)。このことも気になるところです。
 ちなみに、東大寺大仏の開眼供養は天平勝宝四年(752)四月のことです。(つづく)

(注)
①『東大寺上院修中過去帳』。東大寺二月堂での修二会で、3月5日夜とお水取りの行事が行われる3月12日夜に読み上げられる。
②『続日本紀 三』新日本古典文学大系、岩波書店、1992年。

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