古代に真実を求めて一覧

第2087話 2020/02/20

『古代に真実を求めて』23集の巻頭言

 『古代に真実を求めて』23集の「巻頭言」全文を転載します。本書は「古田史学の会」ならではの、多元史観・九州王朝説に基づく『古事記』『日本書紀』研究の新次元の論稿が収録された一冊です。わたしたち編集部の熱意を感じ取っていただければ幸いです。

【巻頭言】
「日本書紀」に息づく九州王朝
     古田史学の会 代表 古賀達也

 養老四年(七二〇)に『日本書紀』が編纂され、令和二年(二〇二〇)で千三百年を迎える。それに先立つ和銅五年(七一二)に成立した『古事記』とともに、わが国において『日本書紀』は最も多くの読者を得た歴史書と言ってもよいであろう。早くは大和朝廷が養老五年に「日本紀講筵(にほんぎこうえん)」と呼ばれる『日本書紀』の講義を催し、平安時代前期にはほぼ三十年毎六度に及ぶ講義が行われたことが諸史料(『釈日本紀』『本朝書籍目録』)に見える。「日本紀私記」と呼ばれるその講義〝テキスト〟も四編ほど現存しており、その一端をうかがい知ることができる。
 他方、江戸時代後期に至り、本居宣長が名著『古事記伝』を著し、一躍『古事記』が脚光を浴びる。こうして、『古事記』『日本書紀』は史書という史料性格を超え、日本の国柄(国体)や日本人の思想(国学)を形作る原典とされるに至った。戦後実証史学でも、『日本書紀』の基本的歴史観である近畿天皇家一元史観、すなわち神代の昔から近畿天皇家が日本列島で唯一の卓越した権力者であったとする歴史認識の大枠が揺らぐことはなかった。
 考古学においても、『日本書紀』の記述を根拠とした歴史編年を「是(ぜ)」として、出土土器などの相対編年をその暦年記事にリンクさせてきた。さらには、多くの文化・文物が「大和朝廷」で最も早く受容され、あるいは発生し、その後、日本列島各地に伝播したとする文化観・編年観が日本古代史学の主流を占めたのである。
 このように『古事記』『日本書紀』は編纂以来千三百年の永きにわたり、篤く遇されてきた。しかしその果てに形作られた古代史像は、古田武彦氏(一九二六〜二〇一五)が提唱された多元史観・九州王朝説から見える景色とは大きく異なる。
 両書は、それまでの日本列島の代表王朝であった九州王朝(倭国)に替わり、八世紀初頭(七〇一年)の王朝交替により第一権力者となった大和朝廷(日本国)による自らの正統性宣揚のための史書である以上、その主張の真偽は学問的検証の対象であること、論を待たない。ところが、この史書編纂の動機や記述内容そのもの全てをまずは疑うという学問上の基本手続きがこの千三百年間、必要にして充分に行われてきたとは言い難い。とりわけ、大和朝廷が自らと共通の祖先(天照大神ら)を持つ前王朝(九州王朝)の存在を秘しているという疑いなど微塵も抱くことなく、わが国の古代史学は真面目かつ無意識に『古事記』『日本書紀』の基本フレーム(近畿天皇家一元史観)を採用し、今日に至っている。
 古田武彦氏は『失われた九州王朝』(朝日新聞社、一九七三年刊。ミネルヴァ書房より復刻)において、大和朝廷に先だって九州王朝が日本列島の代表王朝として存在し、中国史書に見える「倭国」とは大和朝廷ではなく九州王朝のこととする多元的歴史観(多元史観)・九州王朝説を提唱された。たとえばその史料根拠として、『旧唐書』に別国として表記された「倭国伝」(九州王朝)「日本国伝」(大和朝廷)を提示された。

 「倭国は古の倭奴国なり。京師を去ること一万四千里。新羅東南の大海の中にあり。山島に依って居る。東西は五月行、南北は三月行。世々、中国と通ず。その国、居るに城郭なく、木を以て柵を為(つく)り、草を以て屋を為る。四面に小島、五十余国あり、皆これに附属す。
 その王、姓は阿毎氏なり。一大率を置きて諸国を検察し、皆これに畏附す。(後略)」〔『旧唐書』倭国伝〕

 「日本国は倭国の別種なり。その国日辺にあるを以て、故に日本を以て名となす。あるいはいう、倭国自らその名を雅ならざるを悪(にく)み、改めて日本となすと。あるいはいう、日本は旧(もと)小国、倭国の地を併せたりと。その人、入朝する者、多くは自ら矜大、実を以て対(こた)えず。故に中国これを疑う。またいう、その国の界、東西南北、各数千里あり、西界南界はみな大海に至り、東界北界は大山ありて限りをなし、山外は即ち毛人の国なりと。(中略)
 貞元二十年(八〇四)、使を遣わして来朝す。学生橘逸勢、学問僧空海を留む。(後略)」〔『旧唐書』日本国伝〕

 わたしたちは古田説に基づき、『古事記』『日本書紀』の中に九州王朝(倭国)の痕跡が残されているはずと考え、九州王朝説の視点から両書の史料批判を進め、多元的な古代史像復元を試みてきた。その現在の到達点を書き留めたものが本書である。千三百年続いた近畿天皇家一元史観を超え、多元史観の頂上(いただき)から見える景色を読者と語り合い、日本古代史の奥底(おうてい)を学問の光で照らしたいと願っている。
 それとともに、『古事記』『日本書紀』の編纂に携わった大和朝廷の史官たちに、わたしは畏敬と感謝の念を捧げたいと思う。彼らが両書を遺し、その中に九州王朝の痕跡を留めおいてくれなかったら、九州王朝研究は今日見るような成果を得ることは望むべくもなかったであろう。
 たとえば『日本書紀』中の三つの九州年号「大化」「白雉」「朱鳥」をそれぞれ「改元」と記していることなども、『続日本紀』に見える大和朝廷最初の年号「大宝」(七〇一年建元)とは別王朝の年号であることを示唆しており、そのことを隠してもいない。見る人が見れば、『日本書紀』中の最初の年号「大化」が王朝最初の年号制定を意味する「建元」ではなく、別王朝による「改元」記事であるとわかるように記しているからだ。おそらくは、滅亡した九州王朝官僚の幾人かが大和朝廷内で史官の地位を得て、『日本書紀』編纂に加わったのではないか。わたしはそのように考えている。失われた九州王朝の痕跡を彼らは『日本書紀』の記事中に配し、その〝再発見〟を後世の歴史家に託したのではあるまいか。
 その願いは古田武彦氏により叶えられ、『古事記』『日本書紀』は千三百年の孤独の日々を終えた。本書のタイトル〝「古事記」「日本書紀」千三百年の孤独 ―消えた古代王朝―〟は、前王朝を秘したことを誰からも気づかれることなく千三百年の歳月を経た両書の運命と、九州王朝の存在を世に出された古田武彦氏の偉業を表現したものである(南米チリのノーベル賞作家、ガルシア・マルケスの名作『百年の孤独』に発想を得た)。
 読者が本書を手に取り、新たなページを開くとき、それは令和の世に「新・日本紀講筵」が開講されたことを意味する。千三百年後のその日のために、わたしたちは本書を上梓したのである。
 令和元年十二月一日、筆了


第2086話 2020/02/19

『古代に真実を求めて』23集のタイトルが決定

 「『古事記』『日本書紀』千三百年の孤独 ―消えた古代王朝―」

 昨日は京都駅前のキャンパスプラザ京都で開催された正木裕さん(古田史学の会・事務局長、大阪府立大学講師)による講演 「能楽の中の古代史(2)本当は不思議な高砂」を聴講しました(主催:市民古代史の会・京都)。多元史観・九州王朝説に基づいて謡曲を解説したもので、多数参加されている京都の能楽や謡曲の関係者からは好評を博しています。この分野の研究は正木さんの独壇場で、聴いていてもわくわくするほどの面白さです。正木さんによる〝謡曲シリーズ〟はこれからも続きます。会場が京都駅前なので交通アクセスの便もよく、関西方面の方にはお奨めです。
 講演会終了後の懇親会の最中、服部静尚さん(『古代に真実を求めて』編集長)に明石書店から『古代に真実を求めて』23集タイトル決定のメールが届きました。タイトルは編集部が提案した「『古事記』『日本書紀』千三百年の孤独 ―消えた古代王朝―」と決まりました。従来になく〝文学的〟な表現としましたが、果たしてマーケットに受け入れていただけるものか、少々心配ではあります。
 本年3月末には製本が完了し、4月頃には店頭に並ぶと思います。「古田史学の会」2019年度賛助会員(年会費5,000円)の皆様には、明石書店から順次配送される運びです。配送作業に日数がかかりますので、お待ちいただきますようお願いいたします。


第2061話 2020/01/02

『古代に真実を求めて』23集の初校が届きました

 本日、明石書店から『古代に真実を求めて』23集の初校が届きました。担当されている編集部の森さんがお忙しいようで、例年よりも二週間ほどペースが遅れています。それでも、出版時期は例年通りの3月末頃にしたいとのことで、執筆者による校正作業をお急ぎいただくことになりました。そのため、わたしは残りのお正月休みに校正作業を行う予定です。会社が始まると、年始挨拶の出張が続き、自宅に戻れない日々がしばらく続きますので。
 まだ、本のタイトルが最終決定されていませんので、わたしが執筆した巻頭言は、タイトル決定を待ってから著者校正に入らなければなりません。
 今回の特集コンセプトは、『日本書紀』成立千三百年の今年にあわせて、『日本書紀』や『古事記』の中の九州王朝の痕跡を明らかにするというものです。今年は『日本書紀』をテーマにした書籍が多数出版されることが予想されますので、「古田史学の会」でなければ掲げることができないテーマを設定し、近畿天皇家一元史観との明確な差別化をはかりました。ご期待下さい。


第2048話 2019/11/27

『古代に真実を求めて』23集巻頭言(草稿・前半)

 『古代に真実を求めて』二三集の「巻頭言草稿・前半」をご紹介します。これから推敲し、添削も受けますので、内容もまだまだ変化する可能性があります。読者の皆さんからのご意見やご助言もお受けします。

【巻頭言】(草稿・前半)
「古事記」「日本書紀」に息づく九州王朝
    古田史学の会 代表 古賀達也

 養老四年(七二〇)に『日本書紀』が編纂され、令和二年(二〇二〇)で千三百年を迎える。それに先立つ和銅五年(七一二)に成立した『古事記』とともに、わが国において『日本書紀』は最も多くの読者を得た歴史書と言ってもよいであろう。早くは大和朝廷が養老五年に「日本紀講筵(にほんぎこうえん)」と呼ばれる『日本書紀』の講義を催し、平安時代前期にはほぼ三十年毎に六度に及ぶ講義を行ったことが諸史料(『釈日本紀』『本朝書籍目録』)に見える。「日本紀私記」と呼ばれるその講義〝テキスト〟が四編ほど現存しており、その一端をうかがい知ることができる。
 他方、江戸時代後期に至り、本居宣長が名著『古事記伝』を著し、一躍『古事記』が脚光を浴び、『古事記』『日本書紀』は史書という史料性格を超えて、日本の国柄(国体)や日本人の思想(国学)を形作る原典とされるに至った。戦後の実証史学においても、『日本書紀』の基本的歴史観である近畿天皇家一元史観、すなわち神代の昔から近畿天皇家が日本列島で唯一の卓越した権力者であったとする歴史認識の大枠は揺らぐことはなかった。
 考古学においても、『日本書紀』の記述を根拠とした歴史編年を是として、出土土器などの相対編年をその暦年記事にリンクさせてきた。さらには、多くの文化・文物が大和朝廷で最も早く受容され、あるいは発生し、その後、日本列島各地に伝播したとする文化観・編年観が古代史学の主流を占めたのである。
 このように『古事記』『日本書紀』は編纂以来千三百年の永きにわたり、篤く遇されてきた。しかしその果てに形作られた古代史像は、古田武彦氏が提唱された多元史観・九州王朝説に立つ、わたしたち古田学派に見える景色とは大きく異なる。
 両書は、八世紀初頭(七〇一年)にそれまでの代表王朝であった九州王朝(倭国)に替わり、日本列島の第一権力者となった大和朝廷(日本国)による自らの正統性宣揚のための史書である以上、その主張の真偽は学問的検証の対象であること、論を待たない。ところが、この史料編纂の動機解明や記述内容そのもの全てをまずは疑うという学問的基本作業がこの千三百年間、必要にして充分に行われてきたとは言い難い。とりわけ、大和朝廷が自らと共通の祖先(天照大神ら)を持つ前王朝(九州王朝)の存在を隠しているという疑いなど全く抱くこともなく、わが国の古代史学は真面目かつ無邪気に『古事記』『日本書紀』の基本フレーム(近畿天皇家一元史観)を信じ、今日に至っているようである。
 古田武彦氏は『失われた九州王朝』(朝日新聞社刊、一九七三年。ミネルヴァ書房より復刻)において、近畿天皇家(大和朝廷)に先だって九州王朝が日本列島の代表王朝として存在し、中国史書に見える「倭国」とは大和朝廷のことではなく九州王朝のこととする多元的歴史観・九州王朝説を提唱された。たとえばその史料根拠として、『旧唐書』に別国表記された次の「倭国伝」(九州王朝)と「日本国伝」(大和朝廷)を提示された。

 「倭国は古の倭奴国なり。京師を去ること一万四千里。新羅東南の大海の中にあり。山島に依って居る。東西は五月行、南北は三月行。世、中国と通ず。その国、居るに城郭なく、木を以て柵を為(つく)り、草を以て屋を為(つく)る。四面に小島、五十余国あり、皆これに附属す。
 その王、姓は阿毎氏なり。一大率を置きて諸国を検察し、皆これに畏附す。(後略)」〔『旧唐書』倭国伝〕

 「日本国は倭国の別種なり。その国日辺にあるを以て、故に日本を以て名となす。あるいはいう、倭国自らその名を雅ならざるを悪(にく)み、改めて日本となすと。あるいはいう、日本は旧(もと)小国、倭国の地を併せたりと。その人、入朝する者、多くは自ら矜大、実を以て対(こた)えず。故に中国これを疑う。またいう、その国の界、東西南北、各数千里あり、西界南界はみな大海に至り、東界北界は大山ありて限りをなし、山外は即ち毛人の国なりと。(中略)
 貞元二十年(八〇四)、使を遣わして来朝す。学生橘逸勢、学問僧空海を留む。(後略)」〔『旧唐書』日本国伝〕

 わたしたち古田学派の研究者はこの古田説に基づき、『古事記』『日本書紀』の中に九州王朝(倭国)の痕跡が残されているはずと考え、多元史観・九州王朝説の視点から両書の史料批判を進め、古代史像復元を試みてきた。その現在の到達点を書き留めたものが本書である。千三百年続いた近畿天皇家一元史観を超え、多元史観の頂上(いただき)から見える景色を読者と共有し、日本古代史の奥底(おうてい)を学問の光で照らしたいと願っている。
〔以下、執筆中〕


第2047話 2019/11/23

『古代に真実を求めて』23集の巻頭言執筆中

 来春発行予定の『古代に真実を求めて』23集の編集作業も最終段階を迎え、わたしも巻頭言を執筆中です。特集テーマは『日本書紀』編纂1300年を来年に控えて、『古事記』『日本書紀』に秘められた九州王朝(倭国)の痕跡を明らかにするというものです。多元史観・九州王朝説の視点から見える景色、両書の新たな姿を本書は明示することでしょう。
 掲載論文と構成、本のタイトルも最終案が服部静尚編集長から示され、編集委員の承認を得た後、服部さんと明石書店との交渉へと進みます。特集と一般投稿論文それぞれに論集初登場の執筆者があり、古田学派研究陣の層の厚さが着実に増していることがわかります。タイトルや構成などが正式決定されましたら、また報告します。ご期待下さい。


第1941話 2019/07/15

盛況!久留米大学での講演

 昨日、久留米大学御井校舎で開催された公開講座において、「筑紫の姫たちの伝説《倭国古伝》 -みかより姫(俾弥呼)・よど姫(壹與)・かぐや姫-」というテーマで講演させていただきました。雨天にもかかわらず80名ほどの参加がありました。遠くは長崎県から来られた方もありました。ありがたいことです。講演後の質問も数多く出され、とても熱心に聞いていただきました。持ち込んだ『古代に真実を求めて』もほぼ完売できました。
 講演後、大学近くのお店で、福山教授(久留米大学文学部)や犬塚さん(古田史学の会・会員、久留米市)、長崎から見えられた中村さんと懇親会を行いました。中村さんはFaceBookで知り合った〝友達〟です。古田史学の将来や日本の学問研究について、熱く語り合いました。わたしからは、「古田史学の会・九州」を再建したいとの希望を伝えました。
 当日、配られたレジュメの一部をご参考までに転載します。

2019.07.14 久留米大学公開講座
筑紫の姫たちの伝説《倭国古伝》
-みかより姫(俾弥呼)・よど姫(壹與)・かぐや姫-
        古賀達也(古田史学の会・代表)

 わたしたち「古田史学の会」は本年三月に『倭国古伝 姫と英雄と神々の古代史』を上梓しました。同書では全国各地に残る古代伝承を大和朝廷一元史観ではなく多元史観・九州王朝説の視点から分析し、新たな倭国古代史の復元を試みました。
 その中から筑紫(筑前・筑後・肥前など)に残された姫たちの伝承を紹介します。この地域は九州王朝(倭国)の中心領域であり、その地の姫たちの伝承は九州王朝史研究においてもとりわけ重要なものです。たとえば北部九州には次のような女神や女性の伝承があります。

○俾弥呼(ひみか) 甕依姫(『筑紫風土記』逸文)
○壹與(いちよ)  淀姫 與止姫(『肥前国風土記』)
○高良山の「かぐや姫」 (『大善寺玉垂宮縁起』)
○「宝満大菩薩」「河上大菩薩」伝承
○「聖母(しょうも)大菩薩」伝承
○「大帯姫(おおたらしひめ)」伝承
○「神功皇后(気長足姫・おきながたらしひめ)」伝承

 今回の講座ではこうした九州王朝(倭国)の姫たちの伝承研究の一端を紹介します。ご参考までに『倭国古伝 姫と英雄と神々の古代史』の巻頭言「勝者の歴史と敗者の伝承」を転載しました。

【転載】『倭国古伝 姫と英雄と神々の古代史』
 (古田史学の会編『古代に真実を求めて』22集、明石書店)

《巻頭言》勝者の歴史と敗者の伝承
            古田史学の会・代表 古賀達也
 本書のタイトルに採用した「倭国古伝」とは何か。一言でいえば〝勝者の歴史と敗者の伝承から読み解いた倭国の古代伝承〟である。すなわち、勝者が勝者のために綴った史書と、敗者あるいは史書の作成を許されなかった人々の伝承に秘められた歴史の真実を再発見し、再構築した古代日本列島史である。それをわたしたちは「倭国古伝」として本書のタイトルに選んだ。
 その対象とする時間帯は、古くは縄文時代、主には文字史料が残された天孫降臨(弥生時代前期末から中期初頭頃:西日本での金属器出現期)から大和朝廷が列島の代表王朝となる八世紀初頭(七〇一年〔大宝元年〕)までの倭国(九州王朝)の時代だ。
 この倭国とは歴代中国史書に見える日本列島の代表王朝であった九州王朝の国名である。早くは『漢書』地理志に「楽浪海中に倭人有り」と見え、『後漢書』には光武帝が与えた金印(漢委奴国王)や倭国王帥升の名前が記されている。その後、三世紀には『三国志』倭人伝の女王卑彌呼(ひみか)と壹與(いちよ)、五世紀には『宋書』の「倭の五王」、七世紀に入ると『隋書』に阿蘇山下の天子・多利思北孤(たりしほこ)が登場し、『旧唐書』には倭国(九州王朝)と日本国(大和朝廷)の両王朝が中国史書に始めて併記される。古田武彦氏(二〇一五年十月十四日没、享年八九歳)は、これら歴代中国史書に記された「倭」「倭国」を北部九州に都を置き、紀元前から中国と交流した日本列島の代表権力者のこととされ、「九州王朝」と命名された。
 『旧唐書』には「日本はもと小国、倭国の地を併わす」とあり、八世紀初頭(七〇一年)における倭国(九州王朝)から日本国(大和朝廷)への王朝交替を示唆している。この後、勝者(大和朝廷)は自らの史書『古事記』『日本書紀』を編纂し、そこには敗者(九州王朝・他)の姿は消されている。あるいは敗者の事績を自らの業績として記すという歴史造作をも勝者(大和朝廷)は厭わなかった。
 古田武彦氏により、古代日本列島には様々な文明が花開き、いくつもの権力者や王朝が興亡したことが明らかにされ、その歴史観は多元史観と称された。これは、神代の昔より近畿天皇家が日本列島内唯一の卓越した権力者・王朝であったとする一元史観に対抗する歴史概念である。わたしたち古田学派は古田氏が提唱されたこの多元史観・九州王朝説の立場に立つ。
 本書『倭国古伝』において、勝者により消された多元的古代の真実を、勝者の史書や敗者が残した伝承などの史料批判を通じて明らかにすることをわたしたちは試みた。そしてその研究成果を本書副題に「姫と英雄と神々の古代史」とあるように、「姫たちの古代史」「英雄たちの古代史」「神々の古代史」の三部構成として収録した。
 各地の古代伝承を多元史観により研究し収録するという本書の試みは、従来の一元史観による古代史学や民俗学とは異なった視点と方法によりなされており、新たな古代史研究の一分野として重要かつ多くの可能性を秘めている。本書はその先駆を志したものであるが、全国にはまだ多くの古代伝承が残されている。本書を古代の真実を愛する読者に贈るとともに、同じく真実を求める古代史研究者が多元史観に基づき、「倭国古伝」の調査研究を共に進められることを願うものである。
〔平成三十年(二〇一八)十二月二三日、記了〕


第1928話 2019/06/21

「古田史学の会」編集部の体制強化

 6月16日に開催された「古田史学の会」会員総会では全ての議案が承認されました。参加された会員の皆様に御礼申し上げるとともに、全国(海外各国の)の会員の皆様にこのことをご報告します。
 総会でもご意見が出されたのですが、『古田史学会報』編集体制について全国世話人からもご意見をいただいていました。そうしたこともあり、『古田史学会報』『古代に真実を求めて』の編集体制を強化することを総会で説明しました。編集委員の任免は代表が行うことと会則では定められてはいるのですが、編集委員になっていただくことのご負担や責任は重く、それをお願いするのは簡単なことではありません。
 他方、「古田史学の会」を発展させ、会誌・会報の学問的内容やレベルを向上させることは、「古田史学の会」の目的達成のためにも不可欠なことです。そうしたことにご理解をいただき、編集部の体制強化(増員)を実施することにしました。
 『古代に真実を求めて』編集部には、昨年からオブザーバー参加していただいている久冨直子さんを正式に編集委員として迎えます。従来にない視点、女性ならではの感性で優れたアドバイスをこれからもいただけることと期待しています。
 『古田史学会報』は、わたしと西村秀己さん(全国世話人)の2名体制から4名体制へと増員します。投稿窓口を兼ねる編集責任者は引き続きわたしが担当し、新たに正木裕さん(事務局長)と不二井伸平さん(全国世話人)に編集委員に加わっていただくことができました。正木さんはこれまでも会報発送作業事務の一端を担っていただいてきました。不二井さんは以前に『古田史学会報』編集委員をしていただいていた経験者です。
 投稿受付から会報編集・発送までの一連の流れに変更はありませんが、編集委員が4名に増加したことにより、投稿論文審査のハードルはより高くなることと思います。今までは西村さんとわたしがOKであれば採用となり、その後は編集作業担当の西村さんの判断により掲載号が決まりました。これからは4名全員のOKが必要となりますので、より厳格で正確な審査が実現できます。その結果、『古田史学会報』の学問レベルの更なる向上が期待できます。
 なお、投稿の採否基準については「洛中洛外日記」357〜360話、1327話、第1415話 2017/06/06をご参照下さい。近年は投稿原稿のレベルが高くなっており採用競争は激化していますが、会報が届くのを楽しみにしておられる全国各地の会員の皆様には、優れた論稿の掲載に喜んでいただけることと思います。


第1878話 2019/04/18

『失われた倭国年号』増刷決定

 山形出張を終え、東京での仕事もすみました。京都に帰る前に東京駅近くの丸善によりました。もちろん『倭国古伝』の売れ行きのチェックが目的です。丸善も八重洲ブックセンターと同様に書棚に「面置き」されており、良い取り扱いでした。
 京都に戻ると、服部静尚さん(『古代に真実を求めて』編集長)から吉報メールが届いていました。書店での在庫が無くなっていた『失われた倭国年号《大和朝廷以前》』(古田史学の会編、明石書店、2017年)の増刷が決まったとのこと。おりからの新元号「令和」ブームが出版社の決断を促したようです。「古田史学の会」でも販売協力したいと考えています。


第1876話 2019/04/16

『倭国古伝』のマーケットリサーチ

 今朝は東京に向かう新幹線車中で書いています。今年初めての東京・山形出張です。わたしが開発した、ナイロン繊維染色の新技術のプレゼンを各地で行います。
 専門的になりますが、この新技術はナイロンポリマーの非結晶領域内で色素と複数の金属をキレート(配位結合による金属錯体化)させるというもので、それにより世界最高水準の湿潤堅牢度(高性能液体洗剤で洗濯しても色落ちしない)が発現します。また、同時に複数の金属の配位結合比をコントロールすることにより、染色色相を赤味から緑味まで意図的に変化させたり、更には太陽光発熱機能を持たせたり、逆に太陽光中の近赤外線の反射率を高めることが容易にできるという優れものです。
 昨年から有名フィットネスインナーや女性用タイツに採用されていますが、おそらくこの新技術開発が、ケミストとしてのわたしの最後の仕事になると思います。もっと若ければ、この技術を応用して消臭・抗菌機能も発現させる技術を開発できたかもしれませんが、もう時間がありません。来年夏にはリタイアしますので、それからは古代史研究に専念できます。今から楽しみにしています。

 東京駅でのランチタイムを利用して、八重洲ブックセンターの古代史コーナーをのぞいてみました。もちろん、先月発行した『倭国古伝』(古田史学の会編・明石書店)の取り扱い状況のチェックが目的です。エスカレーターで4階の古代史コーナーに上がると、なんと平積み台の一番端(売れ筋の本が置かれる〝特等席〟です)に平積みにされていました。結構売れているようで三冊しか残っていませんでした。また、目に入りやすい高さである書棚の最上段には古田先生のコーナーがおかれ、そこにも『倭国古伝』が並んでいました。というわけで、八重洲ブックセンターの取り扱いはかなり良いものでした。
 「古田史学の会」発行の他の本を探すと、「邪馬台国」コーナーには『邪馬壹国の歴史学』(ミネルヴァ書房)があり、これは狙い通りです。残念ながら「聖徳太子」コーナーには『盗まれた「聖徳太子」伝承』(明石書店)は並んでいませんでした。また、『「九州年号」の研究』(ミネルヴァ書房)は「古代九州」のコーナーに置かれており、「地方史」扱いでした。おかれてないよりはましですが、本のネーミングとしては〝失敗〟と言わざるを得ません。新元号「令和」ブームで「年号」コーナーが特設されているにもかかわらず九州年号関連の本は一冊も置かれていません。この点、対策が必要です。
 以上、八重洲ブックセンターでのマーケットリサーチでした。これから代理店との面談で、その後は米沢市に向かいます。


第1863話 2019/03/23

『倭国古伝』著者贈呈本が届く

 昨日、明石書店から『倭国古伝 姫と英雄と神々の古代史』(『古代に真実を求めて』22集)の著者への贈呈本が全国販売に先立って届きました。思っていた通りの出来映えで、表紙も内容も満足しています。同書はタイトルや装丁も含めてこだわってきましたので、納得のゆく一冊となりました。「古田史学の会」2018年度賛助会員には明石書店から順次発送されますので、もうしばらくお待ちください。
 各地の古代伝承を多元史観・九州王朝説により再検証するという野心的な試みでしたが、一読して、その試みは成功しているように思います。特集以外にも茂山憲史さん(『古代に真実を求めて』編集委員)の「『実証』と『論証』について」や合田洋一さん(古田史学の会・四国事務局長)の「『東日流外三郡誌』と永田富智先生」も古田学派ならではの優れた論文です。『倭国古伝』は自信作ですので、多くの皆様にお読みいただければ幸いです。


第1849話 2019/03/04

小笹 豊さん「九州見聞考」の警鐘(1)

 「古田史学の会」の論集『古代に真実を求めて』22集が今月末にも発行が予定されています。特集タイトルは「倭国古伝 姫と英雄と神々の古代史」です。どのような表紙になるのか、全体としての出来映えはどうかと、今から楽しみにしています。
 おかげさまで、特集タイトルを書名とし、コンセプトを明確にした論集作りを始めた最初の1冊『盗まれた「聖徳太子」伝承』(18集)は比較的早く初刷りが完売し、増刷できました。一昨年出版した『失われた倭国年号《大和朝廷以前》』(20集)も、服部静尚さん(『古代に真実を求めて』編集長)からの報告によれば出版社(明石書店)の在庫も底をつき、もうすぐ増刷となりそうです。服部さんを始め、編集部の方々、そして執筆者・関係者のご尽力の賜です。
 論文集ですから掲載論文の学問的レベルが最も大切ですが、それでも売れなければ世に古田史学を広め、後世に伝えることができません。そうした「古田史学の会」の目的のためにも、訴求力を持ったタイトルの選定も重要です。結果として増刷になれば、そのタイトルは「合格」ということにもなりますので、「失われた倭国年号《大和朝廷以前》」も「合格」をいただけたようです。わたしは「古田史学の会」の代表ですから、論集の学問的レベルと販売部数(マーケットでの高評価獲得。会の財政事情改善)の両方に対して責任がありますので、まずは一安心です。
 今は2020年発行の『古代に真実を求めて』23集の特集について検討を進めています。来年がちょうど『日本書紀』編纂千三百年になりますから、『日本書紀』に関わるテーマが特集の有力候補として上がっています。そこで『日本書紀』に関わる既発表の研究論文の精査を連日行っています。その対象は『古田史学会報』だけではなく、広く古田学派の論文にも目を通しています。
 その作業を進める中で、驚きの論稿を「発見」しました。正しくは「再発見」のはずなのですか、当初、読んだときにはその論文の意義にわたしは気づけなかったようで、内容も完全に失念していました。その論稿とは「多元的古代研究会」機関紙『多元』No.115(2013年5月)に掲載された小笹豊さん(横浜市)の「九州見聞考」です。(つづく)


第1810話 2018/12/28

『倭国古伝』(仮称)の巻頭言

 明石書店から『古代に真実を求めて』22集の初校が送られてきました。編集部で決めた書名は『倭国古伝 -姫と英雄と神々の古代史-』です。巻頭言ではその書名について解説しました。しかしながら最終的には明石書店の同意が必要ですので、書名が変更になれば巻頭言も書き直さなければなりません。
 本の宣伝も兼ねて巻頭言原稿を紹介します。この年末年始は校正に終始しそうです。

【巻頭言】
勝者の歴史と敗者の伝承
     古田史学の会・代表 古賀達也

 本書のタイトルに採用した「倭国古伝」とは何か。一言でいえば〝勝者の歴史と敗者の伝承から読み解いた倭国の古代史〟である。すなわち、勝者が勝者のために綴った史書と、敗者あるいは史書の作成を許されなかった人々の伝承に秘められた歴史の真実を再発見し、再構築した古代日本列島史である。それをわたしたちは「倭国古伝」として本書のタイトルに選んだ。
 その対象とする時間帯は、古くは縄文時代、主には文字史料が残された天孫降臨(弥生時代前期末から中期初頭頃:西日本での金属器出現期)から大和朝廷が列島の代表王朝となる八世紀初頭(七〇一年〔大宝元年〕)までの倭国(九州王朝)の時代だ。
 この倭国とは歴代中国史書に見える日本列島の代表王朝であった九州王朝の国名である。早くは『漢書』地理志に「楽浪海中に倭人有り」と見え、『後漢書』には光武帝が与えた金印(漢委奴国王)や倭国王帥升の名前が記されている。その後、三世紀には『三国志』倭人伝の女王卑彌呼(ひみか)と壹與(いちよ)、五世紀には『宋書』の「倭の五王」、七世紀に入ると『隋書』に阿蘇山下の天子・多利思北孤(たりしほこ)が登場し、『旧唐書』には倭国(九州王朝)と日本国(大和朝廷)の両王朝が中国史書に始めて併記される。古田武彦氏(二〇一五年十月十四日没、享年八九歳)は、これら歴代中国史書に記された「倭」「倭国」を北部九州に都を置き、紀元前から中国と交流した日本列島の代表権力者のこととされ、「九州王朝」と命名された。
 『旧唐書』には「日本はもと小国、倭国の地を併わす」とあり、八世紀初頭(七〇一年)における倭国(九州王朝)から日本国(大和朝廷)への王朝交替を示唆している。この後、勝者(大和朝廷)は自らの史書『古事記』『日本書紀』を編纂し、そこには敗者(九州王朝・他)の姿は消されている。あるいは敗者の事績を自らの業績として記すという歴史造作をも厭うことはなかった。
 古田武彦氏により、古代日本列島には様々な文明が花開き、いくつもの権力者や王朝が興亡したことが明らかにされ、その歴史観は多元史観と称された。これは、神代の昔より近畿天皇家が日本列島内唯一の卓越した権力者・王朝であったとする一元史観に対抗する歴史概念である。わたしたち古田学派は古田氏が提唱されたこの多元史観・九州王朝説の立場に立つ。
 本書『倭国古伝』において、勝者により消された多元的古代の真実を、勝者の史書や敗者が残した伝承などの史料批判を通じて明らかにすることをわたしたちは試みた。そしてその研究成果を本書副題に「姫と英雄と神々の古代史」とあるように、「姫たちの古代史」「英雄たちの古代史」「神々の古代史」の三部構成として収録した。
 各地の古代伝承を多元史観により研究し収録するという本書の試みは、従来の一元史観による古代史学や民俗学とは異なった視点と方法によりなされており、新たな古代史研究の一分野として重要かつ多くの可能性を秘めている。本書はその先駆を志したものであるが、全国にはまだ多くの古代伝承が残されている。本書を古代の真実を愛する読者に贈るとともに、同じく真実を求める古代史研究者が多元史観に基づき、「倭国古伝」の調査研究を共に進められることを願うものである。
     平成三十年(二〇一八)十二月二三日、記了