「 古田史学の会 」一覧

第1786話 2018/11/17

「環濠」集落吉野ヶ里遺跡の虚構

 今日、「古田史学の会」関西例会が「福島区民センター」で開催されました。12月、1月、2月は「i-siteなんば」に会場が戻ります。
 今回の例会でも驚きの報告がありました。それは文献史学の研究が多い古田学派の中にあって、考古学分野の研究を数多く発表されてきた大原重雄さん(京都府大山崎町)の「弥生環濠集落を防御面で見ることの疑問点」というテーマで、吉野ヶ里遺跡の環濠集落は「環濠」や「土塁・柵」が考古学者の誤った解釈により誤「復元」されたものであり、土塁や柵の存在は確認されておらず、防衛のために集落を囲んだとされた「環濠」は川から集落へ生活用水を取り込むための流路(人工河)、あるいは洪水に備えた治水設備とする見解が紹介されました。
 吉野ヶ里遺跡の解説地図なども見せて頂きましたが、たしかに「環濠」とするよりも生活用水確保のための流路(人工河)と見た方が妥当と思われましたし、何よりも「環濠」の外側に「土塁・柵」が位置することから、防衛に不適な構造であることが以前から指摘されてきたところでもあります。ましてや復元された「土塁」やその上の「柵」が出土していなかったという事実に驚きました。すなわち、「環濠」の外側に位置する土塁や柵は考古学者の想像により「復元」されたものであり、当の考古学者も後に誤りを認めていたということにも驚きました。こうしたことをわたしは大原さんの発表を聞くまで知りませんでした。すなわち、吉野ヶ里遺跡は「環濠」集落ではなかったのです。
 考古学者の最初の誤りにより、後々まで吉野ヶ里遺跡の性格や復元に間違った影響を与えたという今回のケースは、歴史研究者に警鐘を鳴らすものとして受け止める必要を感じました。
 今回の発表は次の通りでした。なお、発表者はレジュメを40部作成されるようお願いします。発表希望者も増えていますので、早めに西村秀己さんにメール(携帯電話アドレス)か電話で発表申請を行ってください。

〔11月度関西例会の内容〕
①倭国律令以前の税体制の一考察(八尾市・服部静尚)
②岩戸山古墳と今城塚古墳の相似について(茨木市・満田正賢)
③飛ぶ鳥の「アスカ」は「安宿」(京都市・岡下英男)
④弥生環濠集落を防御面で見ることの疑問点(大山崎町・大原重雄)
⑤元明天皇(阿閇皇女)について(東大阪市・萩野秀公)
⑥『書紀』天武紀の改革と九州王朝の常色期の改革(川西市・正木裕)

○事務局長報告(川西市・正木裕)
 新入会員の報告・11/10-11「古田武彦記念新八王子セミナー」の報告・2019/02/03新春古代史講演会(大阪府立ドーンセンター)の案内(講師:山田春廣氏、他。詳細は後日)・12/04「古代大和史研究会(原幸子代表)」講演会(講師:正木裕さん)・11/28「水曜研究会」の案内(最終水曜日に開催、豊中倶楽部自治会館。連絡先:服部静尚さん)・11/30「誰も知らなかった古代史」(森ノ宮)の案内・「古田史学の会」関西例会会場、12月、1月、2月は「i-siteなんば」・ホームページ「新・古代学の扉」掲載の古田先生の原稿等削除要請を承諾・『古代に真実を求めて』22集編集状況・その他


第1785話 2018/11/15

「新・八王子セミナー2018」のハイライト

 11月10〜11日に開催された「古田武彦記念 古代史セミナー2018」(新・八王子セミナー。於:大学セミナーハウス)に参加しました。京都の拙宅から片道5時間ほどの旅程で、ちょっとハードでしたが、緊張感に満ちたとても刺激的なセミナーでした。なお、前日の夜、大阪で化学系学会の理事会があり、わたしは全国から集まった理事会のメンバーと夜遅くまで飲んでいたこともあって、初日はちょっと疲れ気味でした。
 同セミナーではハイライトともいうべきシーンがいくつかありました。最初は、会場に到着して食堂で昼食をとろうとしたとき、先に着かれていた東京古田会の橘高事務局長のお招きで、主催者・関係者用のテーブルに座ったのですが、そこに記念講演をされる山田宗睦さんがおられたのです。山田先生とはシンポジウム「邪馬台国」徹底論争(昭和薬科大学諏訪校舎)でお会いしたとき以来で、27年ぶりの再会でした。山田先生もわたしのことを憶えておられ、堅い握手を交わしました。とても93歳とは思われないほどお元気で、見た目も当時とあまり変わっておられないように思われました。同シンポジウムでは山田先生は総合議長を担当され、わたしは実行委員会で裏方でした。また機会があれば当時のエピソードについてご紹介したいと思います。
 一日目の研究発表では安彦克己さん(東京古田会・副会長)の和田家文書中の法然(源空)の「一枚起請文」(和風漢文。「建暦元年」の日付がある)の紹介と研究が優れていました。金戒光明寺(京都市左京区)に現存する「一枚起請文」(建暦二年〔1212年〕)に先だって成立したものではないかとする仮説は日本思想史のテーマとしても興味深いものでした。
 二日目は、正木裕さん(古田史学の会・事務局長)が「七世紀末の倭国(九州王朝)から日本国(大和朝廷)への権力移行」というテーマで、「大化改新」を多元史観により史料批判され、王朝交替期の実態について報告されました。内容も発表の仕方も優れたもので、今回のセミナーでも出色の研究発表ではないかと思いました。
 更に、司会の大墨伸明さん(多元的古代研究会)からの、改新詔を九州王朝が公布したとする古田説と正木説との〝齟齬〟についての指摘は重要な視点でしたが、質疑応答の時間がないため十分に討論できなかったことが惜しまれます。今回の正木仮説の本質は「大化改新詔(皇太子奏上)」を近畿天皇家主導によるものとした点にあり、これは九州王朝最末期において近畿天皇家が九州年号「大化」を用いて自らの詔勅を出した、あるいは『日本書紀』に記したことを意味します。是非とも論議を深めて欲しいテーマでした。このような優れた発表とそれに対しての鋭い指摘・質問は学問を深化発展させますから、古田学派のセミナーにふさわしいものと思われました。
 藤井政昭さんの「関東の日本武尊」も素晴らしい内容でした。景行紀の「日本武尊」説話に関東の王者の伝承が取り込まれているというもので、来春発行の『古代に真実を求めて』にも藤井論文を掲載予定です。
 この他にも信州関連の研究として、鈴岡潤一さん(邪馬壹国研究会・松本)の「西暦700年の〈倭国溶暗〉と地方政治の展開」、吉村八洲男さんの「『しなの』の国から見る『磐井の乱』」も面白い発表でした。
 閉会のご挨拶で、主催された荻上紘一先生(大学セミナーハウス前館長、古田先生の支持者)から、来年も開催したいとの提案がなされ、参加者の拍手で承認されました。次回も古田学派の全国セミナーにふさわしい研究発表が期待されます。


第1778話 2018/11/03

10月に配信した「洛中洛外日記【号外】」

 10月に配信した「洛中洛外日記【号外】」のタイトルをご紹介します。今月は来春発行の『古代に真実を求めて』用原稿の執筆などで多忙を極め、体調不良になりましたが、志賀島の金印研究史の調査や創建四天王寺や太宰府発掘調査報告書の精査を行いました。これらについては「洛中洛外日記」で報告予定です。
 配信をご希望される「古田史学の会」会員は担当(竹村順弘事務局次長 yorihiro.takemura@gmail.com)まで、会員番号を添えてメールでお申し込みください。
 ※「洛中洛外日記」「同【号外】」のメール配信は「古田史学の会」会員限定サービスです。

《10月「洛中洛外日記【号外】」配信タイトル》
2018/10/02 『東京古田会ニュース』182号のご紹介
2018/10/13 『古代に真実を求めて』編集部の強化人事
2018/10/21 『九州倭国通信』No.192のご紹介
2018/10/28 大谷光男編著『金印研究論文集成』を閲覧
2018/10/31 『多元』148号のご紹介


第1775話 2018/10/22

太宰府条坊七世紀後半造営説

 一昨日、「古田史学の会」関西例会が「大阪府社会福祉会館」で開催されました。なお11月は「福島区民センター」、12月は「i-siteなんば」に会場が戻ります。ご注意ください。
 「洛中洛外日記」1748話1749話「飛鳥浄御原宮=太宰府説の登場(1)(2)」で紹介した服部静尚さん(『古代に真実を求めて』編集長)の飛鳥浄御原宮=太宰府説とする新説が発表されました。その概要は次のような論理展開でした。

①「浄御原令」のような法令を公布するということは、飛鳥浄御原宮にはその法令を運用(全国支配)するために必要な数千人規模の官僚群が政務に就いていなければならない。
②当時、そうした規模の官僚群を収容できる規模の宮殿・官衙・都市は太宰府である。奈良の飛鳥は宮殿の規模が小さく、条坊都市でもない。
③そうすると「飛鳥浄御原宮」と呼ばれた宮殿は太宰府のことと考えざるを得ない。

 質疑応答でわたしから、「飛鳥浄御原宮」が太宰府(政庁Ⅱ期、670年頃の造営か)とするなら条坊都市の造営も七世紀後半と理解されているのかと質したところ、七世紀後半と考えているとの返答がありました。この太宰府条坊七世紀後半造営説には問題点と強みの双方があり、当否は別として重要な見解と思われました。
 その問題点とは、政庁Ⅱ期よりも条坊の方が先に成立しているという井上信正説と一致しないことです。そして強みとは、条坊から七世紀前半の土器が出土していないという考古学的知見と対応することです。今のところ、この服部新説は示唆に富んだ興味深い仮説とは思いますが、まだ納得できないというのがわたしの評価です。しかし、学問研究ではこうした異なる新見解が出されることが重要ですから、これからも注目したいと思います。
 わたしからは過日の福岡市・糸島市の調査旅行で得た「亀井南冥の『金印』借用書」というテーマを報告しました。それは西区姪浜の川岡保さんから教えていただいたもので、志賀島から出土したとされている国宝の「金印」は福岡市西区今宿青木の八雲神社の御神宝(御神体)であり、亀井南冥が持ち主から借りたとする「借用書」が存在していたという新情報です。詳細は「洛中洛外日記」で報告予定です。
 今回の発表は次の通りでした。なお、発表者はレジュメを40部作成されるようお願いします。また、発表希望者も増えていますので、早めに西村秀己さんにメール(携帯電話アドレス)か電話で発表申請を行ってください。

〔10月度関西例会の内容〕
①飛鳥考(八尾市・服部静尚)
②倭人伝の戸と家(姫路市・野田利郎)
③吉野ヶ里遺跡の物見櫓の復元について(大山崎町・大原重雄)
④亀井南冥の「金印」借用書(京都市・古賀達也)
⑤藤原不比等の擡頭(京都市・岡下英男)
⑥発令後四ヶ月の早すぎる撰上と元明天皇について(東大阪市・萩野秀公)
⑦俾弥呼と「倭国大乱」の真相(川西市・正木裕)

○事務局長報告(川西市・正木裕)
 新入会員の報告・『発見された倭京 太宰府都城と官道』出版記念講演会(10/14久留米大学)の報告・11/06「古代大和史研究会(原幸子代表)」講演会(講師:正木裕さん)・10/31「水曜研究会」の案内(第四水曜日に開催、豊中倶楽部自治会館。連絡先:服部静尚さん)・11/10-11「古田武彦記念新八王子セミナー」・10/26「誰も知らなかった古代史」(森ノ宮)の案内・「古田史学の会」関西例会会場、11月は福島区民センター・西井健さんの著書『記紀の真実 イザナギ神は下関の小戸で禊をされた』紹介・10/28森茂夫さんが京都地名研究会(京丹後市)で講演「浦島伝説の地名〜水ノ江、墨(澄)、薗を巡って」・合田洋一さんの著書『葬られた驚愕の古代史』の村木哲氏による書評「『近畿中心、天皇家一元』史観を解体する」(図書新聞3369号)・新年講演会の案内・その他


第1770話 2018/10/10

『古田史学会報』148号のご案内

 『古田史学会報』148号が発行されましたので、ご紹介します。今号は全国各地の七名の方からバラエティーに富んだ諸テーマの論稿が寄せられ、読んで楽しい会報となりました。
 谷本さんからは久しぶりの論稿です。『日本書紀』に一年のずれがあるというテーマについては古田学派内では少なからぬ論稿が発表されていますが、谷本さんは那須国造碑という同時代金石文を根拠に持統紀の記事のずれを論証するという手堅い方法を採用されました。読んでいて安定感のある論稿でした。
 札幌市の阿部さんからは『隋書』イ妥国伝の記事から、倭国の都が近畿ではなく「肥」であるとする仮説が発表されました。阿部さんならではの視点の鋭さを感じました。
 わたしは高安城を史料や地勢的に見て、九州王朝の城と見なせるとの研究を発表しました。正木裕さんの研究にアイデアを得たもので、九州王朝が副都前期難波宮の造営にあたって大がかりな防御施設を構築していたことがわかりました。
 松山市の合田さん(古田史学の会・四国 事務局長)からは、『東日流外三郡誌』の存在を昭和38年時点で永田富智先生から聞かれたという貴重なエピソードを書いていただきました。偽作説を否定する貴重な証言です。
 今号に掲載された論稿は次の通りです。

『古田史学会報』148号の内容
○「那須国造碑」からみた『日本書紀』紀年の信憑性 神戸市 谷本 茂
○『東日流外三郡誌』と永田富智先生にまつわる遠い昔の思い出 松山市 合田洋一
○「浄御原令」を考える 八尾市 服部静尚
○九州王朝の高安城 京都市 古賀達也
○『隋書イ妥国伝』の「本国」と「附庸国」 -行程記事から見える事- 札幌市 阿部周一
○聖徳太子の伝記の中の九州年号が消された理由 京都市 岡下英夫
○「壹」から始める古田史学16 「倭の五王」と九州王朝 古田史学の会・事務局長 正木 裕
○10/14会誌発刊記念久留米大学講演会のお知らせ
○お知らせ「誰も知らなかった古代史」セッション
○各種講演会のお知らせ 10/31 NHK文化センター梅田教室 講師 谷本茂さん
○史跡めぐりハイキング 古田史学の会・関西
○古田史学の会・関西例会のご案内
○『古田史学会報』原稿募集
○編集後記 西村秀己


第1763話 2018/09/30

9月に配信した「洛中洛外日記【号外】」

 9月に配信した「洛中洛外日記【号外】」のタイトルをご紹介します。今月は台風で拙宅の瓦が飛ばされたり、〝親知らず〟が炎症を起こしたりと散々な月でした。他方、仕事では担当事業の製品価格改定交渉や新製品の開発・採用と技術サポートなどのハードワークが続き、「洛中洛外日記【号外】」執筆も三報にとどまりました。
 配信をご希望される「古田史学の会」会員は担当(竹村順弘事務局次長 yorihiro.takemura@gmail.com)まで、会員番号を添えてメールでお申し込みください。
 ※「洛中洛外日記」「同【号外】」のメール配信は「古田史学の会」会員限定サービスです。

《9月「洛中洛外日記【号外】」配信タイトル》
2018/09/02 『多元』147号のご紹介
2018/09/15 『古代に真実を求めて』22集の編集会議を開催
2018/09/27 九州歴史資料館で井上信正説を展示


第1752話 2018/09/18

紀伊國屋書店大阪本町店の調査

 今日は大阪で仕事をしましたが、お昼の休憩時間に紀伊國屋本町店を訪れ、古代史コーナーのマーケットリサーチをしました。同店のロケーションがビジネス街ということもあり、ビジネス書や趣味の関連書籍に多くのスペースが割かれています。古代史コーナーは「日本史」の棚の最上段とその下の二段のみで、約120冊ほどしか並んでいません。従って、古代史関連書籍の棚は激戦区です。
 幸い、その最上段の一番右端に『発見された倭京』(古田史学の会編、明石書店刊。2018年3月)が一冊だけおかれていました。残念ながらその他の『古代に真実を求めて』や古田先生や古田説関連書籍は一冊も置かれていませんでした。その意味では、『発見された倭京』は大阪のビジネス街で善戦しているほうかもしれません。
 同店の日本古代史コーナーは「日本考古学」「縄文時代」「古墳」「邪馬台国」「古代」「記紀」という小コーナーに分類されており、『発見された倭京』は「古代」に分類されていました。9月15日に開催した『古代に真実を求めて』編集会議では、ちょうど『日本書紀』成立1300年に当たる2020年に発行する『古代に真実を求めて』23集の特集テーマとして『日本書紀』を取り上げることを検討していますが、紀伊國屋書店に「記紀」のコーナーがあることからも、この特集テーマはマーケティングの視点からも良いかもしれません。
 『古代に真実を求めて』のタイトルにご批判をいただくこともあるのですが、もし売れなかったら論文を投稿していただいた会員に申し訳ありませんし、「古田史学の会」の財政基盤にも悪影響(単年度赤字決算)を及ぼします。もちろん、売れなければ明石書店も発行を引き受けてくれなくなるかもしれませんし、それは編集部員を任命した「古田史学の会」代表のわたしの責任です。売れる本作りのために編集部の皆さんが特集内容や論文の学問的レベルだけではなく、タイトル選考にも苦心惨憺していることをご理解いただければ幸いです。


第1750話 2018/09/15

『後漢書』の「倭國之極南界也」

 本日、「古田史学の会」関西例会が「i-siteなんば」で開催されました。なお、10月の会場が「大阪府社会福祉会館」506号室(谷町7丁目)に変更となりました。初めて使用する会場でもあり、場所などご注意ください。11月は「福島区民センター」、12月は「i-siteなんば」に戻ります。
 谷本さんから、『後漢書』の「倭國之極南界也」の古田先生の読み「倭國の南界を極むるや」は間違いであり、従来説「倭國の極南界なり」の方が妥当とする理由の説明がなされ、参加者との論争が続きました。谷本さんの理詰めの説明は確かに反論しにくく、古田説の方が良いと考えるわたしとしては困っています。
 正木さんからは11月の八王子セミナーで発表されるテーマ等についての報告がありました。九州王朝から大和朝廷への王朝交代の概要が示されたもので、九州王朝説から見た「大化改新詔(公地公民・皇太子奏請)」研究において参考になるものでした。
 なお、発表者はレジュメを40部作成されるようお願いします。また、発表希望者も増えていますので、早めに西村秀己さんにメール(携帯電話アドレスへ)か電話で発表申請を行ってください。今回の発表は次の通りでした。

〔9月度関西例会の内容〕
①古事記の継体没年について(茨木市・満田正賢)
②孝徳紀の倭習から天群を探る(八尾市・服部静尚)
③講演会の案内と、その中の土偶論の紹介(大山崎町・大原重雄)
④NHKカルチャー梅田教室「弥生時代の大阪湾周辺と出雲〜銅鐸文化圏の謎を考える〜」の案内(神戸市・谷本茂)
⑤『後漢書』「倭國之極南界也」の理解をめぐって(神戸市・谷本茂)
⑥倭人伝の「女王国」は都ではない(姫路市・野田利郎)
⑦「文字使用について」の批判回答(東大阪市・萩野秀公)
⑧九州王朝から大和朝廷への王朝交代と「大化改新詔」(川西市・正木裕)
⑨万葉歌の伊勢と糸島の伊勢(川西市・正木裕)

○事務局長報告(川西市・正木裕)
 新入会員の報告・『発見された倭京 太宰府都城と官道』出版記念講演会(10/14久留米大学)の案内・『古代に真実を求めて』22集原稿募集・10/02「古代大和史研究会(原幸子代表)」講演会(講師:正木裕さん)・9/26「水曜研究会」の案内(第四水曜日に開催、豊中倶楽部自治会館。連絡先:服部静尚さん)・11/10-11「古田武彦記念新八王子セミナー」・9/28「誰も知らなかった古代史」(森ノ宮)の案内・「古田史学の会」関西例会会場、10月は大阪府社会福祉会館、11月は福島区民センター・その他

 


第1747話 2018/09/06

古代建築物の南北方位軸のぶれ

 先日の東京講演会(『発見された倭京』出版記念)の終了後、後援していただいた東京古田会・多元的古代研究会の役員の皆さんと夕食をご一緒し、親睦を深めました。講師の山田春廣さん・肥沼孝治さんもご同席いただき、講演冒頭で披露された手品のタネあかしを肥沼さんにしていただいたりしました。
 懇親会散会後も喫茶店で肥沼さん和田さん(多元的古代研究会・事務局長)と研究テーマなどについて情報交換しました。特に肥沼さんが精力的に調査されている古代建築物や官衙・道路の「南北軸の東偏」現象について詳しく教えていただきました。
 古代建築には南北軸が正方位のものや西偏や東偏するものがあることが知られており、7世紀初頭頃から九州王朝の太宰府条坊都市を筆頭に南北軸が正方位の遺構が出現し、その設計思想は前期難波宮の副都造営に引き継がれています。他方、西偏や東偏するものもあり、都市の設計思想の変化(差異)が想定されます。肥沼さんはこの東偏する遺跡が東山道沿いに分布していることを発見され、その分布図をご自身のブログ(肥さんの夢ブログ)に掲載されています。人気のブログですので、ぜひご覧ください。
 肥沼さんの見解では東偏は中国南朝の影響ではないかとのことで、南朝の都城の方位軸の精査を進められています。この仮説が妥当であれば、東偏した遺跡は少なくとも5〜6世紀まで遡る可能性があり、それは正方位や西偏の古代建築物や遺構よりも古いことになり、古代遺跡の相対編年にも使用できそうです。
 わたしからは土器編年による遺構相対年代のクロスチェックを提案しました。土器編年がそれらの相対編年に対応していれば、学問的にも信頼性の高い相対編年が可能となるからです。このように肥沼さんの研究は、その新規性や古代史学に貢献する進歩性の両面で優れたものです。期待を込めて研究の進展を注目したいと思います。
 最後に、肥沼さんから『よみがえる古代武蔵国府』(府中郷土の森博物館発行)というオールカラーの小冊子をいただきました。これがなかなかの優れもので、当地の遺跡や遺物、その解説がカラー写真で載せられています。これからしっかりと読みます。


第1742話 2018/09/02

8月に配信した「洛中洛外日記【号外】」

 8月に配信した「洛中洛外日記【号外】」のタイトルをご紹介します。
 配信をご希望される「古田史学の会」会員は担当(竹村順弘事務局次長 yorihiro.takemura@gmail.com)まで、会員番号を添えてメールでお申し込みください。
 ※「洛中洛外日記」「同【号外】」のメール配信は「古田史学の会」会員限定サービスです。

《8月「洛中洛外日記【号外】」配信タイトル》
2018/08/13 ブログ「古田史学とMe」を拝読
2018/08/14 歴採館で『古代氏族系譜集成』を閲覧
2018/08/17 京都府立大学図書館で『古今集』研究
2018/08/19 『古代に真実を求めて』編集部の拡充
2018/08/25 歴彩館で杉本直治郞博士の調査