「 古田史学の会 」一覧

第1690話 2018/06/13

『古田史学会報』146号のご案内

 『古田史学会報』146号が発行されましたので、ご紹介します。
 本号冒頭には松山市の合田洋一さん(古田史学の会・四国事務局長、全国世話人)から寄せられた竹田覚さんの訃報が掲載されました。竹田さんは「古田史学の会・四国」の会長や全国世話人を務められた功労者で、4月9日に93歳で亡くなられました。古田先生と同い年だったとのことです。
 先日も「古田史学の会」創立時からの古参会員で関西例会の功労者でもある藤岡実さんの訃報が入り、心が痛みます。亡くなられた諸先輩のご遺志を継いで、残されたわたしたちは古田史学発展のため一層の努力を傾けたいと思います。
 今号に掲載された論稿は次の通りです。

『古田史学会報』146号の内容
○訃報 竹田覚氏ご逝去 松山市 合田洋一
○九州王朝の都市計画 -前期難波宮と難波大道- 京都市 古賀達也
○会員総会・記念講演会のお知らせ
○よみがえる古伝承
 大宮姫と倭姫王・薩摩比売(その2) 川西市 正木裕
○実在した土佐の九州年号
 小村神社の鎮座は「勝照二年」 高知市 別役政光
○書評『発見された倭京 太宰府都城と官道』 京都市 古賀達也
○「壹」から始める古田史学 十五
 俾弥呼・壹與と倭の五王を繋ぐもの 古田史学の会事務局長 正木 裕
○コンピラさんと豊玉姫 高松市 西村秀己
○お知らせ「誰も知らなかった古代史」セッション
○史跡めぐりハイキング 古田史学の会・関西
○古田史学の会・関西例会のご案内
○『古田史学会報』原稿募集
○古田史学論集『古代に真実を求めて』第22集原稿募集
○編集後記 西村秀己


第1684話 2018/06/04

「実証と論証」茂山さんからのメール

 「学問は実証よりも論証を重んずる」と村岡典嗣先生が言われたこの言葉の意味や、それを受け継がれた古田先生の学問の方法についてより深く学びたいとわたしは願ってきました。
 そこで、フィロロギーの創始者であるアウグスト・ベークの著書『解釈学と批判 -古典文献学の精髄-』にまで遡っての解説を茂山憲史さん(『古代に真実を求めて』編集委員)にお願いして始まった「フィロロギーと古田史学」と題した関西例会での11回に及んだ講義もこの五月で最終回を迎えました。毎回、資料を作成して難解なベークの著書を解説していただいた茂山さんに深く感謝いたします。
 その終了後に、「学問は実証よりも論証を重んずる」に絞ってご意見をまとめて欲しいと更にお願いしていたところ、メールで「実証と論証について」という御論稿をいただいたのですが、わたし一人のものとするのはもったいないと思い、茂山さんのご了解をいただいて、転載することにしました。
 茂山さんは哲学を専攻されたとのことで、難解なベークの著作を深く考察され、そのエッセンスをわたしたちに教えていただきました。このテーマは奥が深く、まだまだこれからも勉強しなければならないと考えていますが、今回いただいた茂山さんの論稿はよく納得できるもので、学問の方法を身につけるためにもこれからの指針にしていきたいと思っています。

【以下、メールを転載】
古賀 様
          2018.5 茂山憲史

 村岡典嗣氏の「学問は実証より論証を重んじる」という言葉を理解するためには、村岡氏が自らの学問を「アウグスト・ベークのフィロロギーに基づいています」と公言していたのですから、ベークのフィロロギーからこの言葉を理解しなければならないように思います。
 ベークのフィロロギーについて1年にわたって報告してきたことを踏まえると、村岡氏の「学問は実証よりも論証を重んじる」という言葉は、具体的には多くの意味を内蔵していて、「肯定してもよい部分」と「容認してはいけない部分」があるように思います。

 肯定できるのは、
「事実を示すことが実証だと勘違いしてはいけません」
「実証にも常に論証が含まれていなければ、つまり、事実の理解と主張についての論証がなければ、学問的とは言えません」
「論証抜きの事実だけを根拠に、ひとの論証を否定することはできません。ひとの論証を否定できるのは、さらなる論証によってのみです」
という意味に理解することです。

 一方、容認できないのは
「実証の証明力(信頼度)よりも論証の証明力(信頼度)の方が、より大きい」
「実証と論証の結果が対立したときは、論証の方が正しいと結論するべきです」
「論証が完全であれば、実証の作業は必要ありません」
などと理解することです。

 村岡氏が言及していない方法論上の問題を、論理学とベークのフィロロギーから追加するなら
「仮説は論証されるべきものです」
「事実と合わない、という理由だけで仮説を葬り去ることはできません」
「文献学における論証は、かならず事実から出発しなければなりません」
「したがって、自ずとその論証は実証でもあり、実証がないという批難は当たりません」
「個別部分的に実証がないという批判はできますが、それを理由に仮説や論証の全体を葬り去ることはできません」
「実証より論証を重んじるからといって、論証にあぐらをかき、論証に緻密さや論理性を欠くようでは学問とは言えません」
などでしょうか。

 ベークは「未完成は欠陥ではない」といっていました。「未完成」ですから「証明できた」ということでないのは、当然なのです。ここで重要なのは、それが「欠陥ではない」ということです。「その仮説を捨て去ってしまってはいけませんよ」と言ってくれているのです。「未完成」ということは「否定の論証」も完成していないのですから、何も決まっていません。


第1680話 2018/06/01

5月に配信した「洛中洛外日記【号外】」

 5月に配信した「洛中洛外日記【号外】」のタイトルをご紹介します。
 配信をご希望される「古田史学の会」会員は担当(竹村順弘事務局次長 yorihiro.takemura@gmail.com)まで、会員番号を添えてメールでお申し込みください。
 ※「洛中洛外日記」「同【号外】」のメール配信は「古田史学の会」会員限定サービスです。

《5月「洛中洛外日記【号外】」配信タイトル》
2018/05/06 向井一雄著『よみがえる古代山城』の是非
2018/05/08 八重洲ブックセンターと丸の内の丸善偵察
2018/05/20 「古田史学の会」会計監査を実施
2018/05/24 桂米團治師匠からのお電話
2018/05/31 『東京古田会ニュース』180号「大越論稿」を拝読して


第1674話 2018/05/22

済み会員総会と

 谷川清隆 (国立天文台)さん講演会のお知らせ

 「古田史学の会」古代史講演会と2018年度会員総会のお知らせです。今回は国立天文台の谷川清隆さんを講師にお招きし、古天文学の視点から多元的古代(倭国と日本国)について講演していただきます。
 講演会後に「古田史学の会」会員総会と懇親会を行いますので、会員の皆様のご参加をお願いします。講演会は非会員の方も参加できます。講演会は無料、懇親会は有料で当日会場にて参加受付します。詳細は下記の通りです。

【日時】2018年6月17日(日)13時30分〜16時50分 場所:大阪府立大学I-siteなんば2階C1会議室

【住所】大阪市浪速区敷津東2-1-41南海なんば第1ビル2階(南海難波駅南800m、地下鉄大国町駅東450m)

1、開会あいさつ 13時30分〜13時40分
  古賀達也(古田史学の会代表)

2、古代史講演会 13時40分〜15時10分(質疑応答〜15時40分)
「七世紀のふたつの権力共存の論証に向けて」
 講師:谷川清隆 (国立天文台特別客員研究員)
 略歴:1944年生。東京大学理学部物理学科卒業。東京大学大学院博士課程満期退学。天文学専攻。
1978年、緯度観測所研究員。1988年、国立天文台助教授。2007年、退職。
2018年現在、国立天文台特別客員研究員。理学博士。
興味分野は、歴史以外に歴史天文学、三体問題、カオス。
(講演要旨)隋書を含めてそれ以前の中国の歴史書には日本列島内の国として「倭」のみが出てくる。正確には、歴代王朝の東夷伝 (ただし、漢書では地理志の燕地、北史では列伝巻八十二)に出てくる国という意味である。少なくとも西暦600年までは「倭」である。一方、西暦701年以降は、「日本国」が中国 (唐)に認められた日本の支配者である。もう「倭国」はない。
 七世紀が問題で、旧唐書では、「倭国」と「日本国」があったとし、新唐書では「日本国」があったとする。新旧唐書で日本列島の権力に関して意見が異なる。新旧唐書の意見が違っているにしても、隋書の記録からして「倭国」が西暦600年以後も存在し、新旧唐書の記録からして「日本国」が西暦701年以前に存在していたことは明確である。
 本講演では、七世紀の「倭国」と「日本国」の問題に正面から取り組む。
 (中略)
「異なる王朝の記録」を判別することは困難な作業ではあるが、講演当日には、二つの王朝の記録が共存する期間があることを示す努力をする。

3、古田史学の会2018年度総会
 15時50分〜16時50分

4、終了後懇親会 17時〜
 ・講演会の参加費は無料、懇親会は別途当日徴収します。
 ・同会場S3研修室で11時より「古田史学の会」全国世話人会を開催します。

(問い合わせ先)古田史学の会事務局長 正木裕
 〒666-0115兵庫県川西市向陽台1-2-116
 ℡090-4909-8158
 Email:masakike476@hera.eonet.ne.jp


第1672話 2018/05/19

九州王朝の「大嘗祭」

 本日、「古田史学の会」関西例会がドーンセンターで開催されました。6〜9月はi-siteなんば会場です。
 日野智貴さんは関西例会初発表です。古田先生が指摘されていた『日本書紀』推古紀・舒明紀編年の「12年ずれ」の現象が孝徳紀まで続いているという仮説が発表されたのですが、古田説や古田学派内の諸説をよく勉強されており、好感が持てました。日野さんは奈良大学で国史を専攻(三回生)されているだけはあって、よくまとめられわかりやすい発表でした。ただし、相手が大学生であっても容赦のない質問や批判が出されたことは言うまでもありません。それら批判にも臆することなく日野さんは応答され、将来が楽しみな若き研究者の登場でした。
 今回の発表でわたしが特に注目したのが、岡下英男さんの発表レジュメに掲載されていた『日本書紀』に見える「大嘗」記事の表でした。天武二年(673)と持統五年(691)の「大嘗」記事について、天武二年記事は九州王朝の大嘗祭に天武は参加・協力しただけであり、持統五年記事は大嘗祭を執り行ったとする「古田説」を紹介されました。ところが、両年ともその当年や前年に九州年号の改元がなされていないことから、『日本書紀』のこの記事が事実であれば、この「大嘗祭」記事は九州王朝のものではなく、天武や持統の即位にかかわる「大嘗祭」記事と考えなければなりません。あるいは、九州王朝の大嘗祭記事であれば、九州王朝にとっての大嘗祭は即位とは無関係に執り行われていたということになります。結論はこれからの研究に委ねることとなりますが、岡下さんのレジュメにより、こうした問題意識を得ることができました。
 この他にも茂山憲史さんの「論証」と「実証」に関する報告でも重要な質疑応答がなされ、いつにも増して刺激的な関西例会となりました。
 5月例会の発表は次の通りでした。なお、最後に予定されていた正木裕さんの発表「俾弥呼と『倭国大乱』の真相」は時間不足のため来月に先送りとなってしまいました。時間不足の原因として、わたしの質問が多すぎると司会の西村秀己さん(古田史学の会・全国世話人、高松市)よりお叱りを受けました。いつものことですが、申しわけありません。
 なお、発表者はレジュメを40部作成されるようお願いします。また、発表希望者も増えていますので、早めに西村秀己さんにメール(携帯電話アドレスへ)か電話で発表申請を行ってください。

〔5月度関西例会の内容〕
①十二年後差の適用範囲(奈良市・日野智貴)
②九州王朝と近畿王朝の並立に関する仮説(茨木市・満田正賢)
③百済系単弁軒丸瓦(九州式単弁瓦)とは(八尾市・服部静尚)
④前方後円墳に関してのいくつかの事例(大山崎町・大原重雄)
⑤天の岩戸神話と前方後円墳(大山崎町・大原重雄)
⑥『古事記』記載「吉野之河尻」の古層性(神戸市・谷本茂)
⑦記・紀2つのパンフレット(神戸市・田原康男)
⑧「定策禁中」を考え直す(京都市・岡下英夫)
⑨『古事記』の存在意義 「帝王本紀」は天智政権の撰録であった?(東大阪市・萩野秀公)
⑩フィロロギーと古田史学【11】終(吹田市・茂山憲史)

○正木事務局長報告(川西市・正木裕)
 6/01奈良中央図書館で「古代奈良研究会(原幸子代表)」講演会(講師:正木裕さん「よみがえる日本の神話と伝承 天孫降臨の真実」)・『古代に真実を求めて』21集「発見された倭京 太宰府都城と官道」の発行記念講演会(9/09大阪i-siteなんば、9/01東京家政学院大学千代田キャンパス、他)、5/25プレ記念セッション(森ノ宮)・11/10-11「八王子セミナー」企画中・5/25「誰も知らなかった古代史」(森ノ宮)・6/17「古田史学の会」会員総会と記念講演会(講師:東京天文台の谷川清隆氏)・「古田史学の会」関西例会会場、6〜9月はi-siteなんば・新会員増加・その他


第1669話 2018/05/12

谷本茂さんのNHK講座のご案内済み

 古田学派の「兄弟子」にあたる谷本茂さん(古田史学の会・会員)がNHKカルチャーの一日講座で講師をされることになりました。下記の案内が届きましたのでご紹介します。ご興味のある方はぜひご参加ください。

NHK文化センター 梅田教室 一日講座
「謎の巨大古墳への新視点
〜卑弥呼・仁徳・継体の陵墓論〜」

2018年5月29日(火)10:00〜12:00
講師:谷本茂

 世界文化遺産候補に決まった百舌鳥・古市古墳群が大きな話題になり、改めて巨大古墳の歴史的意義と被葬者への関心が高まっています。しかし、現在の古墳と被葬者の(公式な)比定関係には多くの疑問があり、古代史に興味を持つ人の大きな関心事となっています。考古学者から比定修正の説が提案されていますが、その方法論は従来の考え方の域を出ていない様に思われます。
 本講座は、記紀資料の原典記述に基づき、従来の比定方法とは全く異なる視点から、古墳前期の箸墓、中期の「仁徳天皇陵」、後期の「継体天皇陵」を具体例として、被葬者との関係を解説します。“古代の姿”を復元する方法の楽しさと問題点を実感していただければ幸いです。
(※恐縮ですが有料です)
お問い合わせ先:NHK文化センター・梅田教室TEL:06-6367-0880


第1662話 2018/05/01

4月に配信した「洛中洛外日記【号外】」

 4月に配信した「洛中洛外日記【号外】」のタイトルをご紹介します。
 配信をご希望される「古田史学の会」会員は担当(竹村順弘事務局次長 yorihiro.takemura@gmail.com)まで、会員番号を添えてメールでお申し込みください。
 ※「洛中洛外日記」「同【号外】」のメール配信は「古田史学の会」会員限定サービスです。

《4月「洛中洛外日記【号外】」配信タイトル》
2018/04/03 『東京古田会ニュース』No.179のご紹介
2018/04/11 6月17日(日)記念講演会のご案内速報
2018/04/13 5月8日、東京出張します
2018/04/18 『九州倭国通信』No.190のご紹介
2018/04/28 「古田史学」「古田学派」の初出
2018/04/29 『多元』145号のご紹介


第1656話 2018/04/22

都城様式と律令制の対応の論理

 昨日、「古田史学の会」関西例会が福島区民センターで開催されました。5月はドーンセンター、6〜9月はi-siteなんばに戻ります。
 今回も谷本茂さんから『古田史学会報』に発表した拙稿「律令制の都『前期難波宮』」に対して、わたしが全く気づかなかった論点を指摘され、「前のめりにならないように」とのアドバイスをいただきました。その指摘とは、前期難波宮を九州王朝律令(常色律令とわたしは仮称)に対応した都城様式とする論理を採用すれば、同じ様式の藤原宮も九州王朝律令の都城としなければならなくなるが、そこまで言い切ってもよいのかというものです。
 確かにこの指摘はその通りで、わたしもそこまで言い切る自信はありません。「論理の導くところへ行こう。たとえそれがいかなる所であっても。」という岡田甫先生の言葉に従うのが古田先生の「弟子」の心意気であると返答はしたものの、これは大変な指摘を受けたと思いました。この件については、よく考えてみることにします。ちなみに、谷本さんは学生時代から古田先生のご自宅に出入りされていた、古代史分野では最古参の「弟子」です。
 わたしからは、前月の例会での谷本茂さんからの拙論「『論語』の二倍年暦」へのご批判に答えるため、その論理構造について発表しました。ここでも谷本さんや服部静尚さんと激しい論争となり、双方相譲らず、時間切れとなりました。この件については、もっと丁寧な説明が必要と思いましたので、「洛中洛外日記」などで史料根拠を明示したいと考えています。
 例会後の懇親会では、初参加の日野智貴さん(奈良大学、国史専攻)から、伊勢神宮は九州王朝が創建したとする仮説などをお聞きしました。是非、関西例会で発表するようにと勧めました。
 4月例会の発表は次の通りでした。発表者はレジュメを40部作成されるようお願いします。また、発表希望者も増えていますので、早めに西村秀己さんにメール(携帯電話アドレスへ)か電話で発表申請を行ってください。

〔4月度関西例会の内容〕
①前方後円墳は治水と祭祀のモニュメント(大山崎町・大原重雄)
②神話構造の二重性について(神戸市・谷本茂)
③論証の諸刃の剣である「戊申年」木簡(神戸市・谷本茂)
④「百済様式の古瓦は九州から出土しない」は嘘だった(八尾市・服部静尚)
⑤「『論語』の二倍年暦」の論理構造 -谷本茂さんにお答えする-(京都市・古賀達也)
⑥「不改常典の法」の意味するもの(京都市・岡下英夫)
⑦フィロロギーと古田史学【10】個人的批判と古田史学の実際(吹田市・茂山憲史)
⑧ホアカリの天孫降臨(東大阪市・萩野秀公)
⑨九州王朝の統治範囲(エリア)について(川西市・正木裕)

○正木事務局長報告(川西市・正木裕)
 新年度会費入金状況・『古代に真実を求めて』21集「発見された倭京 太宰府都城と官道」の売れ行き好調・「誰も知らなかった古代史」(森ノ宮)3/23服部静尚さん「ポルトガルの宣教師が見た安土桃山時代の日本」の報告・『古代に真実を求めて』21集「発見された倭京 太宰府都城と官道」の発行記念講演会(9/09大阪i-siteなんば、9/01東京家政学院大学千代田キャンパス、他)、5/25プレ記念セッション(森ノ宮)・東京古田会、多元的古代研究会で「八王子セミナー」企画中・6/17「古田史学の会」会員総会と記念講演会(講師:東京天文台の谷川清隆氏)・水野顧問の転居先・「古田史学の会」関西例会会場、5月はドーンセンター、6〜9月はi-siteなんば・新会員増加・その他


第1646話 2018/04/10

縄文神話と縄文土器のフィロロギー

 『古田史学会報』145号で発表された大原重雄さんの「縄文にいたイザナギ・イザナミ」は「古田史学の会」関西例会での発表を論文化したものです。大原さんの発表を聞いたとき、わたしはその学問の方法と縄文神話という未知の領域に挑んだ画期的な研究に驚きました。そして同時に脳裏に浮かんだもう一つの論文がありました。
 古田武彦「村岡典嗣論 時代に抗する学問」(『古田史学会報』38号、2000年6月)です。『古田武彦は死なず』(古田史学の会編、明石書店、2016年)にも収録した、古田先生にとっての記念碑的論文です(自筆原稿を古田先生から記念にいただきました。古賀家の家宝としています。自筆原稿の写真も『古田武彦は死なず』に掲載)。
 その中で村岡典嗣先生の論文「日本思想史の研究方法について」を紹介された部分があります。村岡先生がドイツのアウグスト・ベエクのフィロロギーを日本思想史として取り入れられたのですが、その思想史という学問について古田先生は次のように紹介されました。

「第一に、思想史は、『ある意味において文化史に属する』こと。
 第二に、外来の思想を摂取し、その構成要素としつゝも、その間に、何等かの『日本的なもの』を発展して来たところ、そこに思想史の目標をおかねばならぬこと。
 第三に、外国における日本思想史学の先蹤として、第十八世紀の末から第十九世紀へかけて、ドイツの学界において学問的に成立した学問として『フィロロギイ』が存在すること。
 第四に、その代表者たるアウグスト・ベエクがのべている『人間の精神から産出されたもの、則ち認識されたものの認識』という定義がこの学問の本質をしめしている。
 第五に、ただし『思想史の主な研究対象といへば、いふまでもなく文献である。』
 第六、宣長が上古、中古の古典、即ち古事記や源氏物語などの研究によつて実行したところは、十分な意味で、『フィロロギイと一致』する。」

 そして、古田先生はこの村岡先生が取り扱われた学問領域について、次のように「批判」されています。

 「以上の論述の中には、今日の問題意識から見れば、矛盾とは言えないけれど、若干の問題点を含んでいると思われる。
 その一は、縄文時代における『人間の認識』だ。右の論文の記せられた昭和初期(発表は九年)に比すれば、近年における縄文遺跡の発掘には刮目させられる。三内丸山遺跡はもとより、わたしが調査報告した足摺岬(高知県)の巨石遺構に至るまで、当時の『認識範囲』をはるかに超えている。おびただしい土器群と共に、これらが『人間の認識』に入ること疑いがない。先述のベエクの定義によれば、これらも当然『フィロロギイ』の対象である。彼が古代ギリシヤの建築・体育・音楽等をもその研究対象としている点からも、この点はうかがえよう。
 確かに、縄文世界の真相は、ただ個々の遺物や遺跡に対する考古学的研究だけではなく、同時に『思想史学的研究』にとってもまた、不可欠の対象領域ではなかろうか。けれども、その十分なる方法論を学的に構築しようとした論文・著述を見ること、世に必ずしも多しとしないのではあるまいか。」

 この最後の部分にある「縄文世界の真相は、ただ個々の遺物や遺跡に対する考古学的研究だけではなく、同時に『思想史学的研究』にとってもまた、不可欠の対象領域ではなかろうか。けれども、その十分なる方法論を学的に構築しようとした論文・著述を見ること、世に必ずしも多しとしないのではあるまいか。」という指摘を思い出したのです。
 古田先生が待望されていた縄文世界の真相に肉薄する「その十分なる方法論を学的に構築しようとした論文」が大原論文であり、わたしたち古田学派の中から生まれた研究と言っても過言ではないと思います。古田先生が生きておられたら、大原さんの研究を高く評価されたことでしょう。


第1645話 2018/04/10

『古田史学会報』145号のご案内

 『古田史学会報』145号が発行されましたので、ご紹介します。
 今号も常連組から手堅い論稿が発表されました。『古代に真実を求めて』22集の特集テーマ「多元史観で読み解く古代伝承」(仮称)をも射程に入れた正木さんの論稿が一面を飾りました。関西例会や久留米大学で発表されたものを論文化されたもので、大好評だったテーマです。
 大山崎町の大原さんの論稿は、会報デビューされた前号に続いて連続で採用されたもの。「関西例会」での発表を投稿していただいたのですが、縄文神話という仮説を縄文土器を根拠に提起するという、驚愕の論文です。まさに古代史学の新たな領域を切り拓いた記念碑的論文ではないでしょうか。この点については別途詳述します。
 皆川さんは会報デビューです。「古田史学の会・四国」での講演会や旅行の報告をしていただきました。各地の活動報告は優先的に掲載しますので、よろしくお願いします。
 今号に掲載された論稿は次の通りです。

『古田史学会報』145号の内容
○よみがえる古伝承
 大宮姫と倭姫王・薩摩比売(その1) 川西市 正木裕
○『隋書』における「行路記事」の存在について 札幌市 阿部周一
○十七条憲法とは何か 八尾市 服部静尚
○律令制の都「前期難波宮」 京都市 古賀達也
○松山での『和田家文書』講演と「越智国」探訪 松山市 皆川恵子
○縄文にいたイザナギ・イザナミ 乙訓郡大山崎町 大原重雄
○会誌刊行(『古代に真実を求めて』21集『発見された倭京 太宰府都城と官道』)のお知らせ
○二〇一八年度会費納入のお願い
○お知らせ「誰も知らなかった古代史」セッション
○史跡めぐりハイキング 古田史学の会・関西
○古田史学の会・関西例会のご案内
○編集後記 西村秀己