古代の長期海外出張
今日は軽い与太話を一席。「洛中洛外日記」第883話「倭人はお酒好きで美人が多い?」で紹介した花王のヘアケア研究所のKさんと先日大阪で飲む機会がありました。
Kさんは「邪馬台国」博多説の独特の持論をお持ちで、883話で紹介しましたように、『三国志』倭人伝によれば、倭人の女性は美人が多いと考えられ、倭人はお酒好きと書いてある。「博多美人」という言葉はあるが「奈良美人」というのは聞いたことがなく、奈良よりも博多の方が「飲兵衛」が多い。従って、「邪馬台国」博多説に賛成する、というものです。学問的かどうか微妙ですが、思わず同意してしまいそうなアイデアです。
この「洛中洛外日記」883話を読んだ、奈良県ご出身の花王の女性社員はKさんに「おかんむり」で、はなはだ不評だったそうです。それはそうでしょうね。奈良県ご出身の女性の皆様、大変失礼いたしました。
Kさんの表現によれば、「邪馬台国」畿内説は奈良県人にとって犯すべからざる「信仰」であるとのこと。これもまた、奈良県民から叱られそうな言葉ですが、お酒の席での話しですのでご容赦ください。もちろん、邪馬壹国博多湾岸説の奈良県民も大勢おられることは承知しています。
そんな花王のKさんが今回も面白い自説を展開されました。倭人伝を書くにあたり、中国から倭国まで長期海外出張するのだから、酒や食事がおいしくて美人がいなければやってられない。出張するなら奈良よりも博多の方がよいとのご意見でした。そこで、当時倭国に来た軍事顧問(塞曹掾史)の張政は足かけ20年(247〜266年)も倭国に滞在したことを説明したら、「そんな長期の単身赴任だったら、歌の文句じゃないが絶対に“酒は旨いし、ねえちゃんはきれい”だったはずだ。そうでなきゃ20年も居られない。やっぱり『邪馬台国』は博多だ」と断言されました。お互いに出張が多いビジネスマンだけに、妙に説得力を感じました。
このKさんのご意見を聞いて、確かに20年も倭国にいたら、きれいな倭人の女性(博多美人)との間に子供の一人や二人いても不思議ではないと思いました。もしかすると、張政の御子孫が今も日本におられるかもしれせんね。歴史研究も一人の人間の視点で考えると、新たな真実に遭遇するものだと、Kさんのご意見に触発されました。ただ、この「洛中洛外日記」を花王の奈良出身女性社員が読んだら、更にKさんの社内での立場が微妙にならないかと、ちょっと心配しています。