2024年05月20日一覧

第3288話 2024/05/20

前期難波宮孝徳朝説は「定説」です (4)

 前期難波宮孝徳朝説はほとんどの考古学者が認めている定説である。この見解の根拠となる、前期難波宮孝徳朝説に反対する考古学者であっても「孝徳朝説は定説」とする、泉武さんと伊藤純さんの見解を紹介しました。同様の見解は考古学者にとどまらず、文献史学の著名な研究者からも述べられていることを本シリーズの最後に紹介します。直木孝次郎さん(1919~2019)と市大樹さんのお二人です(他にも大勢いますが)。

 直木さんは次のように主張され、前期難波宮こそ孝徳朝の首都にふさわしいとされました。

 〝周知のように藤原宮朝堂院も、平城宮第二次朝堂院も、いずれも十二朝堂をもつ。平城宮第一次朝堂院はやや形態をことにして十二朝堂ではないが、一般的には十二朝堂をもつのが朝堂院の通常の形態で、長岡京朝堂院が八朝堂であるのは、簡略型・節約型であるとするのが、従来の通説であった。この通説からすると、後期難波宮の八堂というのは、簡略・節約型である。なぜそうしたか。奈良時代の首都である平城京に対し、難波京は副都であったから、十二堂を八堂に減省したのであろう。(中略)

 首都十二堂に対し副都八堂という考えが存したとすると、前期難波宮が「十二の朝堂をもっていた」すなわち十二堂であったという前記の発掘成果は、前期難波宮が副都として設計されたのではなく、首都として設計・建設されたという推測をみちびく。

 もし前期難波宮が天武朝に、首都である大和の飛鳥浄御原宮に対する副都として造営されたなら、八堂となりそうなものである。浄御原宮の遺跡はまだ明確ではないが、現在有力視されている明日香村岡の飛鳥板蓋宮伝承地の上層宮跡にしても、他の場所にしても、十二朝堂をもっていたとは思われない。そうした浄御原宮に対する副都に十二朝堂が設備されるであろうか。前期難波宮が天武朝に造営されたとする意見について、私はこの点から疑問を抱くのである。

 前期難波宮が首都として造営されたとすると、難波長柄豊碕宮と考えるのがもっとも妥当であろう。孝徳朝に突如このような壮大な都宮の営まれることに疑惑を抱くむきもあるかもしれないが、すでに説いたように長柄豊碕宮は子代離宮小郡宮等の造営の試行をへ、改新政治断行の四、五年のちに着工されたのであろうから、新政施行に見合うような大きな構想をもって企画・設計されたことは十分に考えられる。(中略)

〔追記〕本章は一九八七年に執筆・公表したものであるが、一九八九年(平成元年)の発掘の結果、前期難波宮は「従来の東第一堂の北にさらに一堂があることが判明し、現在のところ少なくとも一四堂存在したことがわかった」(中尾芳治「難波宮発掘」〔直木編『古代を考える 難波』吉川弘文館、一九九二年〕)という。そうならば、ますます前期難波宮は副都である天武朝の難波の宮とするよりは、首都である孝徳朝の難波の長柄豊碕宮と考えた方がよいと思われる。〟(注②)

 次に木簡研究で著名な市大樹さん(大阪大学大学院教授)は次のように述べています。

 〝一九五四年から続く発掘調査によって、大阪市の上町台地法円坂の一帯から二時期にわたる宮殿遺構が検出され、上層を後期難波宮、下層を前期難波宮と呼んでいる。後期難波宮が聖武朝(七二四~四九)に再興された難波宮であることは異論を聞かない。これに対して前期難波宮は、ほぼ全面に火災痕跡があることから、『日本書紀』朱鳥元年(六八六)正月乙卯条に「酉時、難波大蔵省失火、宮室悉焼」と記される難波宮に相当すると見てよいが、造営時期を孝徳朝(六四五~五四)・天武朝(六七二~八六)いずれとみるのかで長い議論があった。しかし、一九九九年に北西部にある谷から「戊申年」(大化四年、六四八)と書かれた木簡が出土したことや、造成整地土から七世紀中葉の土器が多く出土したことなどもあり、現在では孝徳朝の難波長柄豊碕宮とみるのがほぼ通説となっている。〟(注③)

 このように「戊申年」木簡等を根拠として、前期難波宮を七世紀半ばの造営とすることが「ほぼ通説」であるとされ、市さんも通説に賛成しています。2017年9月、大阪歴博での講演会でも市さんはそのように述べていました。
学問は多数決ではありませんから、少数意見という理由でその仮説を否定するのは学問的ではありません。何よりも、わたしの説も定説「孝徳朝説」とは異なる超少数意見です。すなわち、前期難波宮を九州王朝による七世紀中葉(652年)創建とする説だからです。(おわり)

(注)
①古賀達也「洛中洛外日記」668話(2014/02/28)〝直木孝次郎さんの「前期難波宮」首都説〟
②直木孝次郎『難波宮と難波津の研究』吉川弘文館、1994年。
③市大樹「難波長柄豊碕宮の造営過程」『交錯する知』武田佐知子編、思文閣出版、2014年。