古田史学の会一覧

第784話 2014/09/13

倭国(九州王朝) 遺産10選

 書店で世界遺産を特集した本をよく見かけるようになりました。それにヒントを 得て、いつか「古田史学の会」でも『倭国(九州王朝)遺産』のような写真で紹介する九州王朝の遺跡や文物を紹介した本を出してみたいと思うようになりまし た。そこで、もし選ぶとしたら「倭国(九州王朝)遺産」として何がふさわしいだろうかと考えてみました。個人的見解ですが、ご紹介したいと思います。まず は金石文・出土品10選です。(順不同)

〔第1〕志賀島の金印
 やはり最初に認定したいのはこれです。倭国が中国の王朝に認定された記念碑的文物ですから。『後漢書』によれば光武帝が西暦57年に倭王に贈ったもので す。「倭国が南海(南米か)を極めた」ことに対する報償です。印文の「漢委奴国王」は、「かんのいのこくおう」あるいは「かんのいぬこくおう」と訓んでく ださい。「かんのわのなのこくおう」と「三段細切れ国名」として訓むのは誤りです。

〔第2〕室見川の銘板
 倭国産の銘板で、これも外せません。後漢の年号「延光4年」(125)が記されています。吉武高木遺跡の宮殿造営(王作永宮齊鬲)を記したものとして、これも九州王朝の記念碑的文物です。

〔第3〕日田市出土「金銀象嵌鉄鏡」
 国内では唯一の出土と思われる見事な象嵌で飾られた鉄鏡です。九州王朝内の有力者の所持品と思われます。金銀象嵌(竜)の他に赤や緑の玉もはめ込まれた見事な鏡です。中国製(漢代)のようです。

〔第4〕平原出土の大型「内行花文鏡」(複数)
 この圧倒的な量と大きさも「遺産」認定に値します。

〔第5〕七支刀
 今は石上神宮にありますが、百済王が倭王旨に贈った古代を代表する異形の名刀(剣)です。「旨」は倭王の中国風一字名称です。

〔第6〕福岡市元岡古墳出土「四寅剣」
 倭国産の、これも珍しい「四寅剣」を忘れてはなりません。九州王朝内の有力氏族に与えたものと思われます。九州年号「金光」改元の年(570)に造られたものです。

〔第7〕糸島市一貴山銚子塚古墳出土「黄金鏡」
 国内でも数例しかないという鍍金された鏡です。邪馬壹国の卑弥呼が中国からもらった「金八両」が使用されたのではないかと、古田先生は推測されていま す。なお、同じ鍍金鏡として熊本県球磨郡あさぎり町才園(さいぞん)古墳出土の鏡もセットで認定したいと思います。

〔第8〕江田船山古墳出土「銀象嵌鉄刀」
 これを認定しないと本年五月にお世話になった和水町の皆様にしかられます。九州王朝の有力豪族に与えられた有名な刀です。馬だけでなく魚や鵜飼いの鵜と思われる水鳥の象嵌も貴重です。

〔第9〕隅田八幡人物画像鏡(和歌山県橋本市)
 百済の斯麻王(武寧王)から倭王「日十(ひと)大王年」に贈られた鏡です。この「年」は倭王の中国風一字名称です。岡下秀男さん(古田史学の会・会員、 京都市)の研究によれば、倭王への贈呈品とするには文様の質があまり良くないという課題もあります。

〔第10〕宮地嶽古墳出土の金銅製馬具・他
 この圧倒的に豪華な副葬品は文句なしの認定ですが、北部九州からはこの他にも王塚古墳(桂川町)などからも素晴らしい副葬品が出土しており、それらもセットで認定したいと思います。

 以上、とりあえず「10選」ということで絞りましたが、この他にも認定したいものが数多くあります。また、卑弥呼がもらった金印も発見されれば間違いなく認定です。今回漏れたものは続編か番外編にでも紹介できればと思います。(つづく)


第780話 2014/09/06

奴(な)国か奴(ぬ)国か

「古田史学の会」会員の中村通敏さん(福岡市在住)から、ご著書『奴国がわかれば「邪馬台国」が見える』 (海鳥社、2014年9月)が送られてきました。古田先生の邪馬壹国説の骨子がわかりやすく紹介されており、古田史学入門書にもなっていますが、著者独自の仮説(奴国の比定地など)も提示されており、古田先生に敬意を払いながらも「師の説にななづみそ」を実践された古田学派の研究者らしい好著です。
また、志賀島の金印の出自に関する古田先生の考察など、興味深いテーマも取り扱われています。中でもわたしが注目したのが、『三国志』倭人伝に見える国名の「奴国」の「奴」を「な」とするのは誤りであり、「ぬ」である可能性が高いことを論じられたことです。わたしも「奴国」や金印の「委奴国」の「奴」の 当時の発音は「ぬ」か「の」、あるいはその中間の発音と考えています。通説の「な」とする理解が成立困難であることは、古田先生も指摘されてきたところです。中村さんはこの点でも、独自の根拠を示しておられ、説得力を感じました。
なお、奴国の位置については『古代に真実を求めて』17集にも中村稿とともに正木稿が掲載されており、両者の説を読み比べることにより、倭人伝理解が深 まります。このところ古田学派による著書の出版が続いていますが、中村さんの『奴国がわかれば「邪馬台国」が見える』はお勧めの一冊です。

インターネット事務局案内

 中村通敏(棟上寅七)さんが主宰するホームページ(新しい歴史教科書(古代史)研究会)と『奴国がわかれば「邪馬台国」が見える』中村通敏著のPRです。

棟上寅七の古代史本批評 へ


第773話 2014/08/26

「盗まれた『聖徳太子』伝承」

 今日から北陸出張です。午前中は福井県鯖江市でお客様訪問、午後は富山県石動(いするぎ)で開発案件のマーケットリサーチ、夜は石川県大聖寺で代理店と打ち合わせです。明日は福井市で仕事です。
 北陸三県は教育熱心な県と聞いていますが、確かにお付き合いしている代理店の青年は優秀な人が多く、わたしも啓発されることしばしばです。また、当然かもしれませんが、地元出身の人がほとんどです。少子化の影響もあり、子供が親元に残るため地元で就職する傾向が増えているのでしょう。そうなると就職先が少ない地方では、地元企業への就職競争が激しくなり、その結果、優秀な青年が地元企業に就職するということなのかもしれません。関西や関東の大都市圏では 地方出身者が少なくないのですが、わたしの勤務先も部課長の多くは他府県出身者です。

 24日にi-siteなんば(大阪府立大学なんばキャンパス)で、服部静尚さんを新編集長として『古代に真実を求めて』の編集会議を行い、18集 の企画内容を審議決定しました。メインテーマは「盗まれた『聖徳太子』伝承」で、九州王朝の多利思北孤や利歌彌多弗利の事績が、大和の「聖徳太子」の事績として『日本書紀』などに盗用されたり、各地の「聖徳太子」伝承に変質していることが明らかとなっていますが、18集ではそれらの研究成果を特集します。 依頼原稿の執筆者も決定されましたが、同テーマによる投稿原稿も歓迎します。もちろん、特集テーマ以外の投稿も従来通り受け付けますので、ふるって応募し てください(締め切りは10月末。原稿は2部、服部さんへ送付して下さい。応募方法の詳細は『古田史学会報』参照)。
 また、『古代に真実を求めて』19集のメインテーマには「九州年号」を予定しています。詳細は後日発表いたします。
 なお、『古代に真実を求めて』17集(定価2800円+税)は、「古田史学の会」2013年度賛助会員(年会費5000円)に明石書店から発送が開始されます。2014年度賛助会員には来春発行予定の18集を進呈します。一般会員(年会費3000円)や非会員の方は書店にてお求めいただければ幸いです。


第771話 2014/08/23

納音の古形「石原家文書」

本日の関西例会には遠く埼玉県さいたま市から見えられた会員もおられました。懇親会までお付き合いいただきました。ありがたいことです。
前回に続いて、出野さんからは『説文解字』を中心とした白川漢字学の講義がありました。荻野さんは二度目の発表で、宮城県蔵王山頂にある刈田嶺(かったみね)神社の縁起などに「白鳳八年」「朱鳥四年」という九州年号が記されていることが報告されました。わたしも知らなかった九州年号使用例でした。
今回の発表で最も驚いたのが、服部さんによる熊本県玉名郡和水町で発見された納音(なっちん)付き九州年号史料(石原家文書)についての分析でした。現在流布している納音よりも、和水町の石原家文書に記された納音が古形を示しているというもので、論証も成立しており、とても感心しました。服部さんには論文として発表するよう要請しました。
8月例会の発表テーマは次の通りでした。

〔8月度関西例会の内容〕
1). 『古事記』は本当に抹殺されたのか(高松市・西村秀己)
2). 石原家文書の納音は古い形(八尾市・服部静尚)
3). 真庭市大谷1号墳・赤磐市熊山遺跡の紹介(京都市・古賀達也)
4). 香川県の「地神塔」調査報告(高松市・西村秀己)
5). 『説文解字』(奈良市・出野正)
6). 「ニギハヤヒ」を追う・番外編(東大阪市・萩野秀公)
7). 俾弥呼への贈り物(川西市・正木裕)

○水野代表報告(奈良市・水野孝夫)
古田先生近況(10/04松本深志高校で講演、11/08八王子大学セミナー)・『古代に真実を求めて』17集発刊・坂本太郎『史書を読む』を読む・角田文衛『考古学京都学派』を読む・梅原末治博士との記憶・河上麻由子『古代アジア世界の対外交渉と仏教』・その他


第770話 2014/08/21

『古代に真実を求めて』17集が発刊

 昨日、明石書店から出来上がったばかりの『古代に真実を求めて』17集(2800円+税)が一足早く送られて来ました。古田先生の米寿記念特集号にふさわしく、表紙には古田先生の写真と「真実の歴史を語れ」というタイトルとともに次の先生の言葉が掲載されています。

 「あのユダヤ民族が全世界に四散させられた悲運の中から、数多くの人類の天才、アインシュタインたちを生み出したように、ヒロシマやナガサキ、そしてフクシマの逆境の中で、この日本列島から人類の究極の誇りとしての真実、あらゆるイデオロギーに組みせず、真実のために真実を求める人々が生まれ出ることをわたしは片時も疑ったことはない。」

 この本を手に取った全ての古田学派研究者や古田ファンの皆さんとともに、この先生の言葉を魂に刻み込んで、これからも生きていきたいと思います。
 同書には古田先生の米寿のお祝いの言葉や、先生の講演録、優れた古田学派学究の論文が収録されています。ぜひ多くの皆さんに読んでいただきたいと願っています。なお、17集は2013年度賛助会員(会費5000円)に1冊送付します。2014年度賛助会員には来春発行予定の18集を進呈します。目次は次 の通りです。

『古代に真実を求めて』第17集 目次

〔巻頭言〕会員論集・第十七集発刊に当たって 古田史学の会 代表 水野孝夫

○ I 米寿によせて
米寿に臨んで — 歴史と学問の方法 古田武彦
論理の導くところに「筑紫時代」あり 新東方史学会 会長 荻上紘一
謹賀古田先生米寿 多元的古代研究会 会長 安藤哲朗
古田先生の米寿にあたり 古田武彦と古代史を研究する会(東京古田会) 会長 藤沢 徹
青春の「古田屋先生」 古田史学の会・まつもと 北村明也
米寿のお祝い 古田史学の会・北海道 代表 今井俊圀
古田武彦先生の米寿の記念に添えて 古田史学の会・仙台 原 廣通
古田先生の米寿を心からお祝い申し上げます 古田史学の会・東海 会長 竹内 強
古田武彦先生が米寿をお迎えになられたことを衷心よりお祝い申し上げます 古田史学の会・四国 名誉会長 竹田 覚
古田武彦先生の米寿を祝う 古田史学の会・四国 会長 阿部誠一

○II 特別掲載
〔講演録〕古田史学の会・新年賀詞交換会(2013年1月12日 大阪府立大学i-siteなんば)
「邪馬壹国」の本質と史料批判 古田武彦
〔講演録〕古田史学の会・新年賀詞交換会(2014年1月11日 大阪府立大学i-siteなんば)
歴史の中の再認識 — 論理の導くところへ行こうではないか。たとえそれがいずこに至ろうとも 古田武彦

○III 研究論文
聖徳太子の伝記の中の九州年号 岡下英男
邪馬壹国の所在と魏使の行程 — 『魏志倭人伝』の里程・里数は正しかった 川西市 正木裕
奴国はどこに 中村通敏
須恵器編年と前期難波宮 — 白石太一郎氏の提起を考える 八尾市 服部静尚
天武天皇の謎 — 斉明天皇と天武天皇は果たして親子か 松山市 合田洋一
歴史概念としての「東夷」について 張莉・出野正
『赤渕神社縁起』の史料批判 京都市 古賀達也
白雉改元の宮殿 — 「賀正礼」の史料批判 古賀達也
「廣瀬」「龍田」記事について — 「灌仏会」、「盂蘭盆会」との関係において 札幌市 阿部周一

○IV 付録 会則/原稿募集要項/他
古田史学の会・会則
「古田史学の会」全国世話人・地域の会 名簿
第18集投稿募集要項
古田史学の会 会員募集
編集後記(古谷弘美)


第763話 2014/08/10

『古田史学会報』123号の紹介

 『古田史学会報』123号が発行されましたので、ご紹介します。
 正木稿は、日本神話の中でも有名な「海幸・山幸」神話は近畿天皇家(山幸の子孫)が九州王朝(海幸の子孫)を神話時代から服属させたとするための「創 作」とされ、隼人の服属も九州王朝の残存勢力(南九州)を服属させたものであり、隼人の服属儀礼とされていた「狗の吠声」「隼人舞」も九州王朝に伝わった 神聖な儀礼であったとされました。とても興味深い仮説で、「隼人」の実体に関する論争(通説・古田説:南九州の部族説。西村秀己説:もともとは北部九州に いた九州王朝勢力説)にも影響を与えそうです。
 わたしは、長くその存在について論争が続いていた難波京の条坊について、近年の発掘調査の結果、条坊が存在していたことがほぼ明らかとなり、しかも前期難波宮の時代に存在していた可能性が高いことを考古学的実証と論証の両方から論じました。
 掲載テーマは次の通りです。会員の皆さんの投稿をお待ちしています。ページ数や編集の都合から、短い原稿の方が採用の可能性は高くなりますので、ご留意ください。

〔『古田史学会報』123号の内容〕
○海幸・山幸と「吠ゆる狗・俳優の伎」  川西市 正木裕
○条坊都市「難波京」の論理  京都市 古賀達也
○日本書紀の中の遣隋使と遣唐使  八尾市 服部静尚
○「高御産巣日神」対馬漂着伝承の一考察  松山市 合田洋一
○古田史学の会・第20回会員総会の報告
○『古代に真実を求めて』18集原稿募集
○『古田史学会報』原稿募集
○史跡めぐりハイキング 古田史学の会・関西
○古田史学の会 関西例会のご案内
○編集後記  西村秀己


第759話 2014/08/04

『菊水史談会会報』第20号

先月、熊本県玉名郡和水町の菊水史談会事務局の前垣芳郎さんから、同会会報第20号が送られてきました。それには、本年五月にわたしが同地で講演した記事が掲載されていました。同記事中には「古田史学の会」ホームページの「洛中洛外日記」も紹介されていました。ありがたいことです。
同会会長の有江醇子様からのお手紙も同封されており、講演へのお礼が記されてありました。お手紙によると、「会報」第20号が菊水地区の熊本日々新聞の折り込みとして7月17日の朝刊と一緒に各家庭へ配達されたとのこと。すごい取り組みですね。
有江さんは「九州の古代は倭国の本拠地であったというお話に、私どもは驚きと誇りをいただきました。空白の4~6世紀と言われる現在の日本史を一日も早く復元し、日本の正史に取り上げていただけることを祈っております。」と記されており、恐縮しています。
このように、九州の各地で古田史学・九州王朝説が確実に浸透していることがわかります。これからも各地の団体や研究者と連絡を取り合い、協力して古田史学の啓蒙宣伝を進めていきたいと願っています。


第750話 2014/07/23

「真実の歴史を語れ」

 「古田史学の会」会員論集『古代に真実を求めて』17集(明石書店刊)の編集作業を急ピッチで進めていますが、『古代に真実を求めて』は大幅なリニューアルを準備しています。たとえば、17集のメインタイトルは「真実の歴史を語れ」となり、『古代に真実を求めて』という名称は小さくサブタイトルと します。更に表紙も号ごとに変更し、17集は「古田武彦先生米寿記念号」として古田先生の写真が表紙を飾ります。なお、17集は2013年度賛助会員に進 呈します。本年9月頃の発行予定です。2014年度賛助会員には来春発行予定の18集を進呈します。
 18集からは従来の投稿原稿とは別に、依頼原稿による特集を組み、更に付加価値を高めるために史料集も掲載します。18集の特集テーマは「九州王朝と聖徳太子」(仮称)を予定しています。詳細につきましては8月に開催される編集会議で決定します。もっと面白く、わかりやすい論集にするため、『古代に真実 を求めて』は大きくリニューアルします。ご期待ください。会員の皆さんの投稿をお待ちしています。


第749話 2014/07/22

倭人伝の下賜品

「金八両」

 7月の関西例会では安随さんの発表以外にも、なかなか面白いアイデアが正木裕さん(古田史学の会・全国世話人、川西市)から出されました。倭人伝に記された中国から倭国への下賜品「金八両」に関するアイデアです。
 『三国志』倭人伝には中国(魏)から倭国への下賜品として、各種絹製品の他に「金八両・五尺刀二口・銅鏡百枚・真珠・鉛丹各五十斤」等の記載がありま す。正木さんはこの「金八両」という記事に注目され、この「八両」という半端な量になった理由を考えられました。そしてその重量を調べられ、八両は約 110gに相当し、志賀島の金印(漢委奴国王)の重量とほぼ同じであることに気づかれたのです。この一致が偶然ではないのではないかというのが、今回正木さんが提起されたアイデアです。
 もちろん、偶然なのか何らかの理由があるのかは論証困難ですから、いずれとも断定はできませんが、わたしは面白いアイデアだと思いました。ちなみに古田先生は、このとき下賜された「金八両」で鍍金されたのが、糸島郡二丈町の一貴山銚子塚古墳から出土した「黄金鏡」ではないかと考えておられます。黄金鏡など、日本列島での出土例は極めて少ないことから、その可能性はあると思います。「黄金鏡」の鍍金の科学的成分分析により、産地が特定できれば面白いと思います。


第747話 2014/07/19

冶金学と漢字学の古代史

 本日の関西例会に参加された方は果報者です。冶金学と漢字学の講義を聴けたのですから。
 最初の報告者の服部さん(『古田史学会報』次期編集担当者)から、「わたしの専門は冶金です」という挨拶で切り出された弥生時代の製鉄や出土鉄器の報告はまさに冶金学の講義そのものでした。鉄固有の個体相での相変化など、冶金学による「焼き入れ」「焼きなまし」の解説は勉強になりました。
 そして報告の結論は、倭国の中心は北部九州であり、奈良県(畿内)は全弥生時代を通して「鉄器真空地帯」というものでした。発見されているすべての弥生時代の鉄器出土分布図や製鉄遺跡のデータを示され、北部九州の圧倒的濃密分布と畿内の空白を示す分布図は「邪馬台国」畿内説なるものが全く成立の余地の無 いことを明白に示すものでした。わかりやすく見事な報告でしたので、『古田史学会報』に投稿されるよう要請しました。
 次の講義は出野さんによる漢字の成立・発展史でした。冒頭、中国で入手された「骨卜」の高価で精密なレプリカや内側に金文がほどこされた青銅器のレプリ カを見せていただきました。甲骨文字から始まった漢字が、金文・篆書・隷書へと進化する様子について説明はわかりやすく有意義でした。
 わたしからの次の質問にも興味深い回答がなされました。邪馬壹国・卑弥呼の時代に中国と倭国で交わされた詔書や上表文の字体は何だったかという質問に対して、おそらく隷書だったとのことで、根拠としてはその時代の文字遺物の主流が隷書だということでした。
 次に、後漢代に成立した『説文解字』により、当時の音韻復元は可能かという質問に対しても、音韻復元はできないと明快な回答がなされました。現在残され ている『説文解字』は後代(宋)の解説が付けられており、その解説中の「反切」(音韻表記)を『説文解字』原文と勘違いしている人も多いとのことでした。
 最後に、「室見川の銘版」についての出野さんの見解をたずねたところ、銘文の完成度の高さや、国内で同様のものが6~7世紀の墓誌が出現するまで発見さ れていないことから、同銘版は中国で製造され、倭国へ贈られたものと考えるのが妥当とのことでした。古田先生の見解(倭国産説)とは異なっており、今後の 検討や議論の展開が楽しみです。
 この他にも優れた研究発表がありましたので、改めて紹介したいと考えています。懇親会では中国曲阜から一時帰国されている青木英利さんから、中国のインターネット状況(国家による検閲など)について、横田さん(古田史学の会・全国世話人、インターネット担当)とともにお聞きすることができ、とても参考になりました。「古田史学の会」HPの中国語版「史乃路」の運営に役立てたいと思います。
 7月例会の発表テーマは次の通りでした。

〔7月度関西例会の内容〕
1). 鉄の歴史と九州王朝(八尾市・服部静尚)
2). 二倍年齢の検討(八尾市・服部静尚)
3). 「唐軍進駐」への素朴な疑問(芦屋市・安随俊昌)
4). 「景初」鏡と「正始」鏡はいつ何のために作られたか(京都市・岡下英男)
5). 卑弥呼は新羅に使者を派遣したか?(姫路市・野田利郎)
6). 漢字の誕生と変遷(奈良市・出野正)
7). 『魏志倭人伝』と邪馬壹国への道(川西市・正木裕)

○水野代表報告(奈良市・水野孝夫)
 古田先生近況(論文執筆中「村岡典嗣との対話」他、10/24松本深志高校で講演、11/08八王子大学セミナー)・『古代は輝いていたⅢ』発刊・『古 代に真実を求めて』17集編集中・森田悌『長屋王の謎 北宮木簡は語る』を読む・寺西貞弘『近世紀州文化史雑考』を読む・石川邦一氏提供「祢軍墓誌」関係文献・水野氏の祖父、邦次郎氏が関わられたJR中央線笹子トンネル工事・その他


第736話 2014/06/28

若き親鸞を失ったであろう

 西村秀己さん(古田史学の会・全国世話人、高松市)の呼びかけで高松市在住の古田史学の会・会員による月例会が企画されているとのことで、先日、四国出張のおり当地の会員さんにお会いし、夕食をご一緒させていただきました。
 そのときに「古田史学の会」や古田学派からの一元史観への厳しい批判や態度などが話題にのぼりました。わたしは、古田史学を学ぶ覚悟として、次のエピ ソードを紹介しました。昭和薬科大学諏訪校舎で開催された「邪馬台国」徹底論争シンポジウムでのことで、司会をされていた山田宗睦さんから次のような発言がありました。

 「古田さんが孤立している一つの原因は、論争的言辞の過剰にある。私はそう見ています。」

 山田さんは古田先生のことを思っての発言でしたが、それに対して古田先生は次のように答えられたのです。

 「山田さんの前では面はゆいんですが、ソクラテスが周辺から注目されるわけですね。『あなたは露骨に刺激的なことを言い過ぎる』と。だから憎まれて死刑になりそうになったのだと。もっとうまくやりなさい、と。ソクラテスは、いや、私はもう老人だと。こんな死を前にした老人が、なんで死を恐れる必要があろうか、と言って拒絶するわけですね。そして見事に死刑になって死んでいくわけです。(中略)
 同じ例は日本でもあります。法然が晩年に、門弟の中の長老から諫められるわけです。『あなたは専修念仏ということを言って、朝廷や貴族から憎まれる。露骨に言い過ぎる。もっと表面は旧仏教なみの穏やかな、模糊としたやり方にしておいて、内々で専修念仏を我々だけでやるようにしましょう。そうしてほしい』と。法然のためを思って言うんです。すると、いつもは穏やかな法然が断乎、その時はノウ、と拒絶するわけです。それはできないと。たとえ首を斬られても、 専修念仏をみんなの前で今まで通り言い続けます、と言うんですね。おそらくあの時、長老はじめ弟子たちは辟易したと思うんです。せっかく法然先生のことを思って私たち言ったのに、しょうもない、やっぱり性格というものは直らないなあと。
 しかし、私は思うんですが、あそこで、もし法然が長老の意見を取り入れて、穏健、ほのめかしの法然になっていたら、親鸞を失ったと思います。若き親鸞は去って行ったと思います。私はあの法然が正しかったと思っているわけです。」(『「邪馬台国」徹底論争』第2巻(東方史学会/古田武彦編。新泉社、 1992年)104頁「ソクラテスと法然の場合」に収録)

 このときの古田先生の発言を、わたしは運営協力者の一人(市民の古代研究会・事務局長)として、感動に震えながら聞いていました。古田先生の発言は表面的には山田さんへの返答だったのですが、その実、会場に来ていた多くの古田学派への強烈なメッセージだったのです。「若き『親鸞』よ、出よ」というわたしたちへの呼びかけだったと私は受け止めたのです。このとき30歳代半ばだったわたしは、古田先生を支持し古田史学に半生を捧げる覚悟を決めました。 しかし、ちようどその頃勃発した和田家文書偽作キャンペーンと古田バッシングの嵐により、会場に来ていた「兄弟子」たちの少なくない人々は、その後、古田先生のもとを去りました。
 「若き親鸞を失ったであろう」という先生の言葉は、今でも昨日のことのようにはっきりと覚えています。あのときから四半世紀がたちましたが、この「古田史学を学ぶ覚悟」は、わたしたち「古田史学の会」に今も脈打っているのです。


第733話 2014/06/21

「亀卜」「骨卜」

本日の関西例会では、服部さんから『三国志』倭人伝に見える「令亀の法」を根拠に、倭国では日付干支が使用されていたとする発表をされました。亀甲を用いた占いを亀卜(きぼく)といいますが、それよりも古い時代は獣骨を用いた骨卜(こつぼく)が広く世界的に行われていたようです。質疑応答のおり、 出野さんから急遽、古代中国における「亀卜」や「骨卜」について解説していただきました。
それによると、亀の甲羅に穴をあけて、そこに焼け火箸のようなもので熱を加え、それでできた「ひび」により占うのですが、その「ひび」ができるときに 「ボク」という音がするそうで、その「ひび」の形の「卜」が字形となり、その音(おん)が「ボク」になったとのことでした。漢字の成立も面白いものですね。
次回の関西例会では、出野さんから本格的な「亀卜」について発表していただけるとのこと。中国で購入した「亀卜」のレプリカも持参されるとのことで、楽しみです。
関西例会での発表テーマは次の通りでした。時間が余りましたので、正木さんから、百舌鳥・古市古墳群を世界文化遺産にするための大阪府の取り組みなどがビデオで上映され、いつも以上に楽しく有意義な例会でした。

〔6月度関西例会の内容〕
1). 〔討論会〕倭国に対する唐の影響について(高松市・西村秀己)
2). 推古天皇の二倍年暦の百歳・続編(八尾市・服部静尚)
3). 令亀の法(八尾市・服部静尚)
4). 「亀卜」「骨卜」の解説(奈良市・出野正)
5). 「景初」鏡の銘文の流れ ー「魏年号銘」鏡(その2)ー(京都市・岡下英男)
6). 『日本書紀』と『海東諸国記』に見る「常色の改革」(川西市・正木裕)
7). 〔ビデオ上映〕百舌鳥・古市古墳群を世界文化遺産に(川西市・正木裕)

○水野代表報告(奈良市・水野孝夫)
古田先生近況(モンテーニュ『エセー』の読み直し。A.ベーク著『解釈学と批判 古典文献学の精髄』安酸敏眞訳の贈呈を受ける)・大越邦生氏による中国古典文献中の二倍年暦例悉皆調査・木村賢司氏 大下隆司氏による少年向け古代史『多利思北孤』発刊(注) ・ 会務報告(会計監査、会員論集編集状況、他)・「古田史学の会」総会と記念講演会開催・高槻市しろあと歴史館訪問、高山右近像・大山誠一著『天孫降臨の 夢』を読む・テレビ視聴「江戸の瓦」「長屋王と観音寺」・明治37年、第一回東京小豆島会の写真に水野氏の祖父、邦次郎氏・その他

お詫び

(木村賢司氏 大下隆司氏による少年向け古代史『多利思北孤』発刊)(注)
木村賢司様よりのご指摘によれば、同書籍はまだ発刊されておらず、書名等の説明も不正確・不適切とのことでした。
木村様大下様をはじめ関係者の皆様にお詫び申し上げ、当該記事部分(下線部分)を撤回いたします。(古賀達也)