第3043話 2023/06/16

『全国アホ・バカ分布考』の多元史観

 ―「タワケ」「ツボケ」の分布考―

 上岡龍太郎さんが司会をしていた人気番組「探偵!ナイトスクープ」で調査した「アホ・バカ分布図」(注①)に基づき、番組プロデューサーの松本修さんが『全国アホ・バカ分布考』(注②)を上梓しました。同書の結論として、「アホ」と「バカ」の分布は柳田国男の方言周圏論で説明できるとされました。

 最初に都(京都)で成立した罵倒語の「バカ」が全国に広がり、その後、同じく京都で発生した「アホ」が周囲に広がるのですが、先に進出した「バカ」により、西は岡山県くらいで止まります。東は関ヶ原まで進むと、なぜか中部地方の「タワケ」圏に阻まれます。この「タワケ」も静岡県で止まり、それ以東の「バカ」圏に阻まれます。更に東北地方には「ツボケ」圏があり、「バカ」と混在します。しかし、この「ツボケ」は北海道には渡らないという不思議な分布を示します。このことを上岡さんは古田先生との対談で、次のように語られています。

〝これボクは松本修に聞いたんです。「『ツボケ』というのがあるそうやけど、どうなっている」というたら、「すいません、ボケの系譜に関しては非常に複雑なんで、この際ははずしました」と。「『アホ』と『バカ』に関しては全部分布できたんですけど、ボケは分布がおかしいんです」と。だから、東北では「ツボケ」なんですが、これがものすごう「アホ・バカ」の分布と違う分布をしているのです。で、「ツボケ」というのが北海道へ渡らないんですって、かたくなに本州で止まるんです。〟(注③)

 このように、「アホ」と「バカ」は方言周圏論で説明できそうですが、「タワケ」が「バカ」発生後「アホ」発生以前に、なぜ都ではない中部地方で発生したのかの説明は困難です。東北地方の「ツボケ」に至っては全く説明不可能です。「ツボケ」の分布も同書の調査結果によれば、岩手県は県下に広く分布しますが、青森県と秋田県は県内の一部地域の分布とされており、「ツボケ」圏の中心地は岩手県となりそうです。ですから、「タワケ」「ツボケ」は方言周圏論では説明できず、異なる歴史経緯があったと考えざるを得ません。この点、上岡さんは次のするどい見方をしています。

〝その中の地図を見てみますとですね、古代王朝があったとされるところはやっぱり特色があるんですよ。北九州、出雲、吉備、それからもちろん近畿、そいから越、これらだけは際だって言葉が違うんですよ。で、その中に東北で人をののしる時に「ツボケ」。〟(注同上)

 すなわち、この視点は「古代日本の多元的王朝論」に他なりません。罵倒語の成立や分布の研究にも、古田先生が提唱された多元史観が必要です。(つづく)

(注)
①「全国アホ・バカ分布図の完成」編(平成3年、1991年)で放送。
②松本修『全国アホ・バカ分布考 ―はるかなる言葉の旅路』太田出版、平成五年(1993)。平成八年(1996)に新潮文庫から発刊。
③「上岡龍太郎が見た古代史」『新・古代学』第1集、新泉社、1995年。

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