第3222話 2024/02/10

考古学における先験的な都市の指標 (1)

 昨年11月に開催された八王子セミナー(注①)で、わたしは7世紀における律令制都城の〝絶対条件〟として、次の5点を提示し、少なくともこれら全てを備えた遺構が王都王宮候補となり得ると発表しました(注②)。そして、この5条件全てを満たしている7世紀の都城は、難波京(前期難波宮)と藤原京(藤原宮)だけであると結論づけました。

【律令制王都の絶対条件】
《条件1》約八千人の中央官僚が執務できる官衙遺構の存在。
《条件2》それら官僚と家族、従者、商工業者、首都防衛の兵士ら計数万人が居住できる巨大条坊都市の存在。
《条件3》巨大条坊都市への食料・消費財の供給を可能とする生産地や遺構の存在。
《条件4》王都への大量の物資運搬(物流)を可能とする官道(山道・海道)の存在。
《条件5》関や羅城などの王都防衛施設や地勢的有利性の存在。

 わたしがこのような方法を採用した理由は、『日本書紀』などの文献解釈を第一義にすると様々な解釈が発生し、研究者各人の恣意性を排除できず、いつまで論争しても真実へと収斂しないことを危惧したためです。従って、研究者が合意できる「律令制都市存立の必要条件」と「考古学的出土事実」にのみ基づいて、九州王朝都城を探るというこの方法を提起したものです。

 実はこの方法には先例があります。近年の考古学論文中によく引用されるようになった、「古代都市」の指標(必要条件)として提唱された〝G・V・チャイルドの古代都市成立の10基準〟(注③)、およびそれを発展させた諸指標です。(つづく)

(注)
①正式名称は「古田武彦記念古代史セミナー2023」、公益財団法人大学セミナーハウスの主催。実行委員会に「古田史学の会」(冨川ケイ子氏)も参画している。
②同セミナーでのわたしの演題と論旨は次の通りである。
《演題》律令制都城論と藤原京の成立 ―中央官僚群と律令制土器―
《要旨》大宝律令で全国統治した大和朝廷の都城(藤原京)では約八千人の中央官僚が執務した。それを可能とした諸条件(官衙・都市・他)を抽出し、倭国(九州王朝)王都と中央官僚群の変遷、藤原京成立の経緯を論じる。
③G・V・チャイルド(1892~1957年)は都市革命論において、最古級の都市の条件として次の10項目の指標を提示した(Vere Gordon Childe、The Urban Revolution. The Town Planning Review 21、1950)。
(1)大規模集落と人口集住 (2)第一次産業以外の職能者(専業の工人・運送人・商人・役人・神官など) (3)生産余剰の物納 (4)社会余剰の集中する神殿などのモニュメント (5)知的労働に専従する支配階級 (6)文字記録システム (7)暦や算術・幾何学・天文学 (8)芸術的表現 (9)奢侈品や原材料の長距離交易への依存 (10)支配階級に扶養された専業工人。

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