2024年03月23日一覧

第3254話 2024/03/23

鶴岡八幡宮の神社本庁離脱に思う (2)

 鎌倉市の鶴岡八幡宮が神社本庁から離脱するというWEBニュースなどによれば、全国の稲荷神社の総本宮とされる京都の伏見稲荷大社も神社本庁に加盟していないとのこと。そして両神社の名となった「八幡」や「稲荷」は『記紀』には見えない神名(或いはその由来となった地名)です。これは偶然のこととは思いますが、興味深く思いました。稲荷神社については、古田先生から次のような話を聞いたことがありました。

 〝日本人の主食であるお米の神様が『記紀』には登場しない。山河や動植物に神が宿るという日本人の宗教観からすると、これほど大切な食べ物の神様が『記紀』に見えないのは不思議だ。しかし、お米の神様がいなかったはずがない。それを祀らなかったはずがない。そう考えると、全国各地の祀られているお稲荷さんこそ、お米の神様ではないか。〟(注)

 この話を聞いて、なるほどと思いました。しかし、それではなぜ『記紀』に「稲荷」神が記されなかったのかという疑問は残ったままです。九州王朝の行政単位「評」が『日本書紀』では全て「郡」と表記されているという、前王朝の痕跡を消そうとした『日本書紀』編者の政治的意図と同様のことがお稲荷さんにもあったような気もしますが、そう言い切れるほどの史料調査と論証は出来ていません。

 ちなみに東日流外三郡誌には、日向の賊に追われたナガスネ彦が稲穂を持って東日流(津軽)に逃げたという伝承が採録されており、津軽からは筑紫の土器や板付水田と同じ工法を採用した水田跡(砂沢遺跡)が出土していることも注目されます。

 もしそうであれば、弥生時代の豊かな稲作地帯に金属器を武器として軍事侵攻(天孫降臨)した九州王朝の始原の勢力(天孫族)にとって、お稲荷さんを祀っていた側は敵対勢力ですから、その神様(「稲荷(イナリ)」という神名・地名)を神話や伝承から消し去ったのは、『記紀』を編纂した近畿天皇家というよりも、『記紀』神話の元史料を編纂した九州王朝だったことになりそうです。稲荷信仰や稲荷(イナリ)神名・地名の史料調査と多元史観による研究が必要です。

 余談ですが、神社本庁から離脱した金刀比羅宮や鶴岡八幡宮、そして元々加盟していなかった伏見稲荷大社は、いずれも国内有数の観光神社として著名です。これも偶然なのでしょうか。(つづく)

(注)伏見稲荷大社の主祭神(中央の下社)の「宇迦之御魂大神」(古事記)は『日本書紀』では「倉稲魂神」とされており、これは米の神であると、西村秀己氏(古田史学の会・全国世話人、高松市)よりご教示いただいた。