太宰府出土、須恵器と土師器の話(7)
牛頸窯跡群の調査報告書『牛頸小田浦窯跡群Ⅱ』(注①)を読んでいて不思議な記述があり、わたしの太宰府土器編年研究が中断してしまいました。それは須恵器杯の様式名に、既存編年の名称とは異なる表記が散見されたからです。具体例二点を紹介します。
(1) 26頁第16図73・74の須恵器蓋には「つまみ」はないが、23頁の説明ではそれらを「杯G」とする。
(2) 37頁第24図83の須恵器蓋にも「つまみ」はないが、36頁の説明ではそれを「杯B」とする。
須恵器様式については既に説明(注②)してきたところですが、それとは異なり、「つまみ」がない須恵器蓋を杯Gや杯Bとする説明をわたしは理解できませんでした。これでは太宰府土器編年の根幹が揺らぎかねませんので、大野城市ホームページの「問い合わせ」コーナーから、上記の点について質問しました。まもなくすると、同市ふるさと文化財課の上田さんから丁寧な回答が届きました。要約して紹介します。
《大野城市ふるさと文化財課の上田さんからの回答》
【質問1】26頁第16図73・74の「杯G」の認識
ご指摘のとおり、一般的な「杯G蓋」は「つまみ」を有しており、大野城市でも「かえり」「つまみ」を有す蓋と身のセットを「杯G」と理解しています。
ところが、本市の牛頸窯跡群では、「かえり」を有すものの「つまみ」を欠く蓋が一定量あり、「つまみ」がないものも含めて「杯G」と表現しています。
【質問2】37頁第24図83の「杯B」の認識
ご指摘のとおり、一般的な「杯B蓋」には「つまみ」があり、杯身には「足=高台」を有しています。
「杯G」と同様、牛頸窯跡群では、高台を有する杯身とセットになる蓋で「つまみ」を欠く蓋が一定量あり、「つまみ」がないものも含めて「杯B」と表現しています。
【参考資料】
大野城市では、奈良文化財研究所の須恵器分類を採用しております。参考までに『牛頸窯跡群総括報告書Ⅰ』の「例言」を添付しておりますますので、参考にしていただければと思います。
以上のとおり、牛頸窯跡群では、杯G蓋・杯B蓋につまみを欠くものが一定量存在しております。近畿地域では、つまみを有するものが一般的かと思いますが、この点は地域性が発現しているものと理解できるのかもしれません。
簡単ではございますが、以上を回答とさせていただきます。何かご不明な点がございましたらご連絡いただければ幸いです。
上記の丁寧な回答が寄せられました。資料として添付されていた『牛頸窯跡群 ―総括報告書Ⅰ―』(注③)の「例言」には、次の説明がありました。
「須恵器蓋杯については、奈良文化財研究所が使用している名称杯H(古墳時代通有の合子形蓋杯)、杯G(基本的にはつまみとかえりを持つ蓋と身のセット。ただし牛頸窯跡群産須恵器にはつまみのない蓋もある)、杯B(高台付きの杯)、杯A(無高台の杯)を使用する場合がある。」『牛頸窯跡群 ―総括報告書Ⅰ―』
こうした説明を受けて、わたしもようやく事情が飲み込めてきました。すなわち、蓋に「かえり」(注④)が付いているものは「つまみ」がなくても杯Gに分類されていたわけです。おそらく同一遺構から「つまみ」付きの杯G蓋が多数出土し、併出した「つまみ」無しの蓋でも「かえり」があれば、杯Gに見なすということのようです。蓋がない杯Bも同様です。
わたしは、蓋に「つまみ」がなく、「かえり」があるものは杯Hの進化形とする見解を大阪の考古学者から聞いていましたので、土器の地域差の発現だけではなく、考古学者の認識にも地域差があるのかもしれません。あるいは、わたしの認識・理解がまだ浅いのかも知れません。この点、他地域の考古学者の意見も聞いてみたいと思います。
こうして、牛頸窯跡群出土土器の疑問については一応の解決をみたのですが、これからは調査報告書を精査する際、「つまみ」の有無だけでの単純な様式判断で済ませることなく、報告書の土器分類・編年表も用心深く見なければならないことを学びました。大野城市の上田さんに改めてお礼申し上げたいと思います。(つづく)
(注)
①『牛頸小田浦窯跡群Ⅱ ―79地点の調査― 大野城市文化財調査報告書 73集』大野城市教育委員会、2007年。
②古賀達也「洛中洛外日記」2537話(2021/08/14)〝太宰府出土、須恵器と土師器の話(2)〟にて、次のように説明した。
〝この須恵器は、なぜか七世紀になると様相が急に進化し始めるので、土器編年に使用されています。大きな変化の目安として、古墳時代から続く丸底で丸い蓋を持つ「杯(つき)H」から始まり、蓋につまみが付く「杯G」、更に底に足が付く「杯B」と変化し、その様相の違いを利用して相対編年が可能となります。実際には細部の形式変化や大きさ(法量)の変化も利用して、より詳しく分類・編年されています。〟
③『牛頸窯跡群 ―総括報告書Ⅰ― 大野城市文化財調査報告書 第77集』大野城市教育委員会、2008年。
④須恵器の「かえり」とは、蓋と杯身の併せ部分にある内側に向いた縁のことで、杯Hの場合は杯身側に「かえり」があり、蓋がそこに被さるようになっている。蓋側に「かえり」があるものは進化形で、食器内の湯気が蓋の天井で冷やされ、その雫(しずく)が「かえり」によって杯身の内側に流れ込むように工夫されている。蓋に「かえり」がない古いタイプの杯Hの場合は、内部で発生した雫(しずく)が杯身と蓋の隙間から外側へこぼれてしまう。そのため同じ杯Hでも、蓋に「かえり」を有するものが、より新しく編年されてきた。